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他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。

親鸞会で、名号本尊でなければならない根拠に挙げられる『蓮如上人御一代記聞書』のお言葉
他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。
を拝読すると、蓮如上人は名号のみを本尊にされたのだと思われる方もあるかもしれません。しかし、本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会で書いたように山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は御木像でした。では、真宗における木像本尊と名号本尊の関係はどのようになっているのか、今回の記事では稲城選恵著『御文章概要』406-417頁から学びたいと思います。

 真宗の本尊論は江戸時代に播州の智暹と法霖の所謂明和の法論より以後、余り問題はなかったが、最近蓮師の「聞書」を出し、名号本尊とすべきことを極端に固執している一部の人がいるようである。一宗の本尊は帰依の対象となるもので、最も重要な意味をもっている。今、本尊論として直接問題になっている蓮師からみることにしよう。即ち「聞書」本の五条には、
「蓮如上人仰られ候ふ、本尊は掛やぶれ、聖教はよみやぶれと、対向に仰られ候ふ。」
とあり、「本尊はかけやぶれ」とあるから、蓮師のいわれる本尊は名号本尊や絵像本尊に考えられるようである。更に「聞書」本の二四条には、
「のたまはく、南旡の字は聖人の御流義にかぎりてあそばしけり。南旡阿弥陀仏を泥にてうつさせられて、御座敷にかけさせられて仰せられけるは、不可思議光仏、旡碍光仏もこの南旡阿弥陀仏をほめたまふ徳号なり、しかれば南無阿弥陀仏を本とすべしとおほせられ候ふなり」
とあり、この文によると六字名号を本尊とされているようである。更に「聞書」本の六九条によると、
「他流には名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりはゑざふ、絵像よりは名号といふなり。」とあり、これによると、他流は名号よりも絵像といわれ、絵像よりも木像といわれる。しかるに当流では、木像よりも絵像、絵像よりも名号といわれる。この場合、他流とは蓮師においては法然門下の異流をいうのである。今、帖内五の五通によると、
「此義は当流一途の所談なるものなり。他流の人に対してかくのごとく沙汰あるべからざる所なり。」
とあり、この他流を帖外一〇〇通には、
「凡当流之義、浄土一家之義には大に相違すべき也。当時はみな他力流の義をもち親鸞聖人一流と号すと、以外の次第也。先親鸞上人意は一念発起平生業成と立てゝ、臨終を期せず、来迎をたのまざるなり。……」
とあり、この場合の他力流は他流の誤りなることは前後の関係をみると明らかに知られる。それ故、信心獲得章の他流も他の浄土異流なることを意味するのである。この場合、他流は臨終来迎をたのむに対して、当流は一念発起平生業成の義をたて、臨終まつことなし、来迎たのむことないという立場を明らかにされているのである。それ故、他流の本尊が木像といわれるのは明らかに来迎仏なるが故である。また「聞書」末の二二一条には、
「然ば前々住上人の御時、あまた御流にそむき候本尊以下、御風呂のたびごとにやかせられ候、此二幅の御影をも焼かせらるべきにて御取出候ひつるが、いかゞ思召候ひつるやらん、表紙に書付を、よしわろしとあそばされて、とりておかせられ候ふ。……」
とあり、これによると、浄土真宗以外の御本尊も混同していたようである。
 次に、帖外九通によると、
「三業のなかには口業もて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念、帰命の一念をこれば身業礼拝のために、渇仰のあまり瞻仰のために、絵像木像の本尊をあるひは彫刻し、あるいは画図す。しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し、仰崇せんがために、三国伝来の祖師、先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。」
とあり、「改邪鈔」の文をそのまま引用されている。この引意からうかがうと、蓮師は絵像、木像を否定はしてはいないようである。この絵像木像は「帰命の一念おこれば」とあり、信心獲得の身の上から「渇仰瞻仰のあまり」お礼せずにいられない心境から絵像木像は出ているようである。観念仏体や臨終来迎の必然性からきたものとは全く異なるのである。随って「聞其名号」の名号の内容と絵像木像とは全く同一なることが知られる。
 また帖外三十一通によると、
「そのいはれいかんといふに、在家止住のつみふかき身が弥陀の本願を信じ後生一大事とおもひ、信心決定して誠に極楽往生治定とこゝろえたらん身は、そのありがたさのあまり報謝のためにあし手をはこび、また当山に安置するところの本尊ならびに開山の御影へもまひり、またわれらなんどにも対面をとげんはまことに道理なるべし。」
とあり、この御文は文明六年正月二十日の吉崎在住のものであり、本山の御本尊は明らかに「当山に安置する」とあるから御木像であることが考えられる。もし御絵像や御名号であればかけるという言葉が用いられる筈である。しかも御本尊に御礼することは「如来わが往生をさだめたまひし御恩報謝のため」といわれる。他宗の如く、祈願請求の御本尊や、臨終来迎仏や観念仏体のためのものではない。
(中略)
 以上、蓮師は「聞書」の文によると名号本尊のように思われるが、「帖外御文章」をはじめ、その他の諸文献によっても明らかなる如く、絵像、木像の本尊を用いられ、特に山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は木像であったことも既述の如くである。ただし「帖外御文」の六十通に「安心決定鈔」を引用せる如く、形像も名号も全く同一なる名体不二なることが知られる。特に上述の「裏書集」によると絵像の多いことは当時の真宗寺院は多く道場であったといわれる。ここに絵像下附の理由が知られる。しかるに浄土真宗の教団が日増しに大きくなり、道場から寺院へと変転していく過程において、絵像より寺院は木像となり、本山に準ずるようになったといわれる。しかし、絵像も木像も等しく他流や他宗の意味とは異なり、御姿で表象せる名号の内容といわれるのである。
(以下、省略)


(まとめ)
・浄土他流の本尊は、臨終来迎仏であり、臨終来迎の必然性から出てきたものである。
・真宗の本尊は、祈願請求や観念のための物体としての意味は全くなく、御恩報謝から出てきたもの。絵像や木像はお姿で表わされた名号の内容であって、形像も名号も全く同一、名体不二である。

最後に、親鸞会ブログポータル・ナビのコメント欄で、親鸞会における本尊について鋭い意見があったので紹介します。

名体不二であるなら、そもそも名号本尊も形像本尊も、いずれも「阿弥陀仏」であると同時に「南無阿弥陀仏」であるわけで、
高森のごとく「名号本尊でなければ間違いであり、助からない」と主張することは、名体不二の否定であり、これこそ邪説ですよね。
また、礼拝の対象が名号本尊か形像本尊かが救いの可否に関わるなら、礼拝という衆生の三業が信心獲得に関与することとなり、三業帰命に同ずることになりますね…

蓮師が、形像本尊を依用され、また門徒に下附されつつも、「当流は木像よりは絵像、絵像よりは名号」といわれたのは、浄土他流や聖道門に簡んで
「真宗の本尊は、来迎を感得したり、観想念仏するというような、『修行のためのツール』ではないぞ」という意味合い(つまり、本尊とは報恩行の対象である)を強調されたものと解釈するほかなく、高森のように「真宗の正しい本尊は名号であり、形像本尊では助からない」などと主張する事こそ、「本尊は信心獲得の為のツールである」と見做している事になり、むしろ蓮師の意向に真っ向から背く主張ですね。

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名号形像同一本尊ということを教えられた蓮如上人の帖外御文 (2)

名号形像同一本尊ということを教えられた蓮如上人の帖外御文 (1)の続きです。

『わかりやすい名言名句 蓮如上人のことば』稲城選恵著(法蔵館)134-136頁から引用。

 この「御文章」は文明十三年十一月十四日と後に明記されているから、六十七歳のものといわれる。この御文の内容は『安心決定鈔』をうけていることは明らかである。が『安心決定鈔』と『歎異鈔』は蓮師によって明らかにされたものである。双方ともに著者不明のものであるが、現在の学者の多くは『安心決定鈔』は西山義の系統のものといわれる。特に本山義の康空示導の作ともいわれる。蓮師は、『安心決定鈔』を生涯の愛読書とされていたようである。この用語も、元来西山義のものであるが、蓮師はこの用語を用いて、西山義と浄土真宗の立場の相違を明らかにされているのである。西山義では南無の機と阿弥陀仏の法が一つになり合うと、宗教の原語religionと同じ意味に解釈するが、蓮師の釈は南無即阿弥陀仏という不二一体なることを明らかにし、一而二なる面は機法の相違によるものとする。本来一体なることを明かし、以て他力の信なることを明らかにされているのである。この『安心決定鈔』をうけ、名号と形像は別なものでないことを示されている。最近のある主張者のごとく、名号本尊に限定することでなく、形像も名号も一つなることを示しているのがこの「御文」である。したがって浄土真宗の本尊は形像にしても名号にしても南無阿弥陀仏をあらわしたものである。形像本尊は、南無阿弥陀仏を形像によって表象されたものといわれる。『安心決定鈔』本にも、

たとひ凡夫の往生成じたまひたりともその願成就したまへる御名をきかずは、いかでかその願成ぜりとしるべき。かるがゆゑに名号をききても形像を拝しても、わが往生を成じたまへる御名ときき、「われらをわたさずは仏に成らじと誓ひたまひし法蔵の誓願むなしからずして、正覚成じたまへる御すがたよ」とおもはざらんは、きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし。(註釈版聖典より引用)

とあり、名号を聞くも形像を礼することも全く一つなることを明らかにされている。特に蓮師の、帖外六十二通の文明十五年八月二十八日の御文には「而して後阿弥陀堂の仏壇いまだこれをつくらせざる間、同じくこれを企てつくりければ、いくばくもなくして出来せり。則ちまづ本尊を六月十五日にはすえたてまつりけり」とあり、山科本願寺は木像の形像本尊となっていることが明らかである。さらに『拾遺聞書』によると、

蓮如上人は折節その道場に御座て、木像の本尊をめしたりし御衣をぬがせたまひ裏ませたまひて(真聖全、拾遺部下、六一二頁)

とあり、明らかに木像の御本尊を用いられている。しかるに『御一代記聞書』六十九条に、

他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。

とあり、この文によって名号本尊に固執するものも存するようであるが、この場合、他流といっているのは法然門下の異流をいうのである。蓮師の場合には、他宗と他流とは明らかにその意味を異にするのである。すなわち、西山義や鎮西義をいうのである。他流では本尊はすべて来迎仏である。来迎の相を示すには、木像が最も至便であるからである。
 これに対し浄土真宗は、臨終来迎でなく、平生業成の立場である。この平生業成の義を明らかにせんがために、すでに覚如上人の『改邪鈔』、存覚上人の『弁述名体鈔』にあるごとく、親鸞聖人は「帰命尽十方無碍光如来」の十字の尊号を用いられたといわれる。いつでもどこでもだれにでも、六字の法は既にとどけられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうるのである。蓮師はしばしば一念発起入正定之聚とか一念発起平生業成といわれている。聞かせていただく今ここの外に、救いの法のはたらいている場はあり得ない。このまま尽十方無碍光如来の頭には「化身土巻」でも「末灯鈔」でも本願成就とある。本願成就即名号六字の法であるが、それは自らが求めるに先行して、すでに与えられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうる平生業成の義が成立するのである。いまここに存在する、この私の存在する場がたすかる場所であり、その証拠が仏壇の内容といわれる。ここに浄土真宗の本義が御本尊の上に明らかにされていることが知られるのである。それゆえ、形像本尊は御姿で示した名号というべきで、全く一つなるものといわれるのである。



山科本願寺の御本尊は木像本尊であったこと、以前の記事でも書いた蓮如上人が「方便法身尊形」の絵像や「方便法身尊像」の木像を御下附されていたことから、親鸞会の「蓮如上人は名号しか御本尊として礼拝しておられない」という主張は訂正されるべきでしょう。

また、『御一代記聞書』のお言葉についてですが、他流の木像本尊は来迎仏である一方、真宗の木像本尊は住立空中尊であり、第十八願成就の救主である尽十方無碍光如来の徳義をお姿で示したものといわれています。なお、上の文中で『尽十方無碍光如来の頭には「化身土巻」でも「末灯鈔」でも本願成就とある』と書かれているのは、

「諦観彼国浄業成者」といへり、本願成就の尽十方無碍光如来を観知すべしとなり。(化身土文類)

第十八の本願成就のゆゑに阿弥陀如来とならせたまひて、不可思議の利益きはまりましまさぬ御かたちを、天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらはしたまへり。(末灯鈔)


と教えられているお言葉についていわれたものです。『御文章』には、

それ、五劫思惟の本願といふも、兆載永劫の修行といふも、ただわれら一切衆生をあながちにたすけたまはんがための方便に、阿弥陀如来、御身労ありて、南無阿弥陀仏といふ本願(第十八願)をたてましまして、「まよひの衆生の一念に阿弥陀仏をたのみまゐらせて、もろもろの雑行をすてて、一向一心に弥陀をたのまん衆生をたすけずんば、われ正覚取らじ」と誓ひたまひて、南無阿弥陀仏と成りまします。これすなはちわれらがやすく極楽に往生すべきいはれなりとしるべし。(5帖目8通)

阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘たりしとき、「衆生仏に成らずはわれも正覚ならじ」と誓ひましますとき、その正覚すでに成じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これすなはちわれらが往生の定まりたる証拠なり。(4帖目8通)


と、阿弥陀仏の正覚すでに成じたまひしすがたが、いまの南無阿弥陀仏であり、われらが往生の定まりたる証拠と教えられています。「いまの南無阿弥陀仏」とあるように、名号法がはたらいている場は、いま、ここにいる私の上です。その名号法の活動相を示されたものが、「帰命尽十方無碍光如来」の十字の尊号や「南無不可思議光如来」の九字名号・「南無阿弥陀仏」の六字名号であり、形像の上では住立空中尊です。形像本尊は御姿で示した名号というべきものなのです。

ところで、正御本尊の前で「信仰が進むだろう」、「宿善があつくなるだろう」と思って勤行しているのは、名号を彼方に置いてそこに自分が向かっていくすがたであり、それは他力回向に反しているすがたです。もしそうならば、残念なことに、『安心決定鈔』に「きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし」と教えられている状態になってしまっているのです。

親鸞聖人は晩年、「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を依用されました。本願は成就し、どこでもはたらいているのが名号法であることをあらわさんがためでありましょう。「どこでも」とは、いま、ここにいる私の上です。自らが求めるに先行して、すでに与えられているのが南無阿弥陀仏です。その「まかせよ(南無)必ず助ける(阿弥陀仏)」の仰せを計らいなく聞き受けるのが信心です。

「本願成就即名号六字の法であるが、それは自らが求めるに先行して、すでに与えられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうる平生業成の義が成立するのである。いまここに存在する、この私の存在する場がたすかる場所であり、その証拠が仏壇の内容といわれる。ここに浄土真宗の本義が御本尊の上に明らかにされていることが知られるのである」とは上の稲城和上の言葉ですが、本尊の形式だけにとらわれて、本尊の意味するところが失われてしまっている状態ではいけません。


(補足)

引用文の前半部に、機法一体について書かれていますが、これについては『21世紀の浄土真宗を考える会』の機法一体についての記事をご参考下さい。

(参考記事)
本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会

名号形像同一本尊ということを教えられた蓮如上人の帖外御文 (1)

今日は、名号も形像も一つなることを教えられた蓮如上人の帖外御文を拝読したいと思います。

『わかりやすい名言名句 蓮如上人のことば』稲城選恵著(法蔵館)133頁から引用。

23 名号形像同一本尊ということーーーー六十通(帖外)
名号形像同一本尊の章

それ当流の念仏行者に於て、まづ弥陀如来他力本願の趣きを存知せしめ、真実信心を発起せしむべし。それにつひて第十八の願意をよくよく分別せよ。・・・・・・第十八の願をこころうるといふは名号をこころうるなり。また念仏といふ名をきかばわが往生は治定とおもふべし、十方の衆生往生せずば正覚とらじとちかひたまへる法蔵菩薩の正覚の果名なるが故にとおもふべし。また弥陀仏の形像をみたてまつらばはやわが往生は決定とおもふべし。また極楽といふ名をきかば法蔵菩薩の成就したまへる故に、われらがごとくなる愚痴悪見の凡夫のための楽のきはまりなるが故に、極楽といふなり。わればひしとわれらが往生を決定せしすがたを南無阿弥陀仏とはいひけるといふ信心おこりぬれば仏体すなわちわれらが往生の行なり。ここをこころうるを第十八の願をおもひわくとはいふなり。


蓮如上人が阿弥陀仏の形像を否定されてはいないことは、上の赤字の部分でお分かり頂けると思います。

この後、稲城師の解説が書かれているのですが、それについては後日アップします。


なお、帖外御文は、ネット上では、国立近代図書館 近代デジタルライブラリーで読むことができます。この記事に出てくる文明13年11月14日の帖外御文は、
「真宗帖外御文」
で検索して出てくる本の[第3冊]巻之3 18頁目から書かれています。

(つづく)

本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会

『浄土真宗親鸞会 奥越親鸞学徒の集い』七大経-36(四つの角目を聞け、御本尊は御名号)では、浄土真宗における本尊についての高森会長の文章がアップされています。

本尊論についての論戦も、親鸞会内部からの情報しか手に入らないと、親鸞会が本願寺に勝ったかのように思いますが、実はそうではありません。

『親鸞会は本当に本願寺に勝ったのか』4.反論できない真宗本尊論で取り上げられていますが、『現代の教学問題――派外からの論議について――』(宗義問題研究会)所収の山田行雄「真宗の本尊について」には、山科本願寺の阿弥陀堂の本尊が木像本尊であったことが書かれています。

『苦笑の独り言』真宗の本尊についてより引用。

五、蓮如上人の本尊について

 蓮如上人の本尊は、具体的には、蓮如上人が発願建立された山科本願寺の阿弥陀堂の本尊であろう。
 文明十五年八月二十八日のご文に、

  阿弥陀堂の仏壇(中略)いくほどなくして出来せり。則まづ本尊を六月十五
  日にはすえ奉りけり。(『真聖全』五-四〇六)

と述べられ、山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は文明十四年六月十五日に「すえ奉」られたとある。平尾興栄氏も注意されたごとく、このすえ奉られた本尊が形像本尊であったか名号本尊であったかは、「据える」とある表現からも推察されるが、実悟師の『山科御坊之事並其時代事』に阿弥陀堂の荘厳を記するに、

  本尊木像安阿作 如今。左方北太子絵像讃如常蓮如御筆・六高僧御影。右南法然聖人
  一尊御影讃如常蓮如御筆両方共に三具足・燈台あり。(『真聖舎五ー六二九~六三〇)

とあり、ここに本尊木像(安阿作)とある。明らかに蓮如上人は形像本尊を礼拝の対象として安置されていたことは歴史的事実である。


この「山科本願寺の阿弥陀堂の本尊が木像本尊であった」という事実は、現在に至るまで親鸞会会員に伝えられてはいません。

また、稲城選恵著『御文章概要ー蓮如教学の中心問題ー』412-416頁には、蓮如上人が「方便法身尊形」の絵像や「方便法身尊像」の木像を下附されていたことが述べられています。

少なくとも「親鸞聖人も蓮如上人も名号のみを本尊とされた」という主張を親鸞会は撤回すべきではないでしょうか?


さらに、「真宗の本尊について」では、親鸞会は名号本尊を用いていても、名号を本尊とする意義を理解できていないのではないかという指摘もなされています(以下の文中赤字部、色は私がつけました)。浄土真宗で用いられる絵像木像は『観経』に説かれる住立空中尊ですが、それと名号との関係についても述べられているので、長くなりますが以下に引用します。

九、仏体と名号について

『観経』に説かれる住立空中尊とは、
  仏、阿難及び章提希に告げたまわく、諦かに聴け諦かに聴け。善くこれを
  思念せよ。仏まさに汝が為に苦悩を除くの法を分別し解説すべし。汝等憶
  持して、広く大衆のために、分別し解説せよ。この語を説きたもう時、無
  量寿仏、空中に住立したもう。観世音・大勢至、この二大士左右に侍立せ
  り。光明熾盛にして、つぶさに見るべからず。百千の閻浮檀金色も、比と
  なすことをえず。(『真聖舎一-五四)
とあり、ここに阿弥陀仏が、二菩薩を伴つて空中に住立したもう姿が説示されている。
 ここに真宗教学上、種々の問題がある。いま特に必要な二点について考えてみる。
 (一)真宗本尊の形像を『観経』に依ったことの問題である。宗祖は『教行信証』教巻に「夫れ真実の経を顕わさば大無量寿経これなり」(『真聖全』二ー二)と示され、浄土三部経のなか『大経』こそが真実の経であるとされた。そして『大経』には阿難及び四衆が見てたてまつった大光明を放った阿弥陀仏の姿が説かれている。それが真宗の形像本尊の依りどころであって、隠顕の両義のある『観経』を依拠とするのは、法門上許されることでないという。この『大経』説か『観経』説かで論諍を起こしたのが、真宗教学史上、三大法論の一つ「明和の法論」である。現在では『観経』説が妥当であろうとされている。明和の法論の論讃の内容に,ついては、(イ)報身応身の問題、(ロ)脇士有無の問題、(ハ)の大悲顕現の問題、(二)立像坐像の問題の四点に集約されよう。
 (イ)『観経』華座観の所説のなか、釈尊が韋提希に対して「苦悩を除く法」を説かれようとした時、突然に阿弥陀仏が住立したもうた。「苦悩を除く法」とは教法であり、阿弥陀仏は仏身である。釈尊が教法を説こうとされたとき、仏身で対応されたことは、教法対仏身という矛盾が起きないだろうかの問題である。
 これについて、善導大師は『定善義』に住立空中尊を解釈して自問自答されている。

  弥陀空に在りて立したもうは、但廻心し正念にして我国に生ぜんと願ずれ
  ば、立どころに即ち生ずることを得しむることを明かすなり。
  問て曰く。仏徳尊高なり、輒然として軽挙すべからず。既に能く本願を捨
  てずして来りて大悲に応う者、何が故ぞ端坐して機に赴かざるや。
  答て曰く。此れ如来別に密意ましますことを明かす。ただ以んみれば娑婆
  は苦界なり。雑悪同じく居して八苦あい焼く、動もすれば違返を成じ詐り
  親みて笑みを含む、六賊常に随いて三悪の火こう臨臨として入りなんと欲す。
  若し足を挙げて以って迷いを救わずんば、業繋の牢、何に由ってか免がる
  ことを得ん。斯の義の為の故に、立ちながら撮りて即ち行き、端坐して以
  て機に赴くに及ばざるなり。(『真聖全』一ー五一四)

と。すなわち阿弥陀仏の「立つ」姿は「来たりて大悲に応う」のであり、三悪の火こうに堕しくいく苦悩の衆生を救済して止まぬ大悲の表象である。「撮る」とは大悲の活動を示すものであり、大悲の活動とは具体的には招喚の勅命である。このように考えてくるとき、釈尊が名号法(除苦悩法)を説こうとされたと同時に、阿弥陀仏が住立したもうたのは、矛盾どころか当然といわねばならぬ。
すなわち、韋提希が仏説を聞くに臨んで、声に応じて「苦悩を除く法」とは我なりと、阿弥陀仏が現身したもうたのである。よって、名号即仏体であり、仏体即名号である。名の他に体があるのではなく、また名の他に体を求むるものではないのである。
 阿弥陀仏は自利利他が不二一体に成就したもう覚体であるから、如来の正覚を全うじて衆生往生の行となり、名号は仏体の徳を全うじて衆生に聞信せしめたもうのである。すなわち如来の徳の全体が名号の内容であり、仏体と名号は不二である。
 しかし、所信をいえば、名体不二の名号をもって真宗のすわりとするのである。その理由は、本願成就文に「聞其名号信心歓喜」とあるからである。
 だからといって、名号を信ずるのであって、阿弥陀仏(仏体)を信ずるのではないとはいわない。礼拝の対象とする本尊は名号のみであって、形像は礼拝の対象とせぬという論は成立しない。なぜなら、仏体と名号とは不二であるからである。この名体不二論をふまえずして、本尊論を語るところに、高森親鸞会のような偏見が生ずるのであり、また宗祖が名号本尊の裏書きに「方便法身尊号」と記された深意を無視する結果にもたる。この偏見の行きつくところ、たとい名号を本尊として礼拝の対象としていても、その名号を本尊とする意義すら理解できぬため、名号本尊をも偶像化する危険がありはしないだろうか。

十、方便法身について

真宗における礼拝の対象としての名号本尊の裏書に「方便法身尊号」とあり、形像本尊の裏書には「方便法身尊形」と記され、共に方便法身とある。
 方便法身の語を最初に出すのは、曇鸞大師の『往生論註』であるが、そこにま、法性法身と方便法身の二種の法身を出し、その関係を「由生由出」と示してある。宗祖はこの二種法身を解釈されて『一念多念文意』には、
  一如宝海よりかたちをあらわして、法蔵菩薩となのりたまひて、无碍のち
  かひをおこしたまふをたねとして、阿弥陀仏となりたまふがゆへに報身如
  来とまふすなり。これを尽十方无碍光仏となづけたてまつれるなり、この
  如来を南无不可思議光仏ともまふすなり。この如来を方便法身とはまふす
  なり。方便とまふすは、かたちをあらわし、御名をしめして、衆生にしら
  しめたまふをまふすなり。すなわち阿弥陀仏なり。(『真聖全』二ー六一六)

と述べられている。すなわち「かたちをあらわし、御名をしめして、衆生にしらしめたまふ」のが方便法身である。
 宗祖は名号を「方便法身の尊号」として敬信せられたのであるが、その「方便法身の尊号」と意義において変わることのない「方便法身の尊形」を本尊としても、宗義の上から何の問題もないことである。
 形像本尊は宗義に反するものと断定するようなことは、方便法身の無理解からくるものであって、それらの人々は、たとい名号本尊を礼拝の対象としていても、安置されている名号本尊の意義すら理解されていないのではなかろうか。



上で指摘されている通り、親鸞会では名号本尊の意義が理解されていないと感じます。

そもそも、親鸞聖人が依用された十字名号「帰命尽十方無碍光如来」について、『尊号真像銘文』では次のように教えられています。

「帰命尽十方無碍光如来」と申すは、「帰命」は南無なり、また帰命と申すは如来の勅命にしたがふこころなり。「尽十方無碍光如来」と申すはすなはち阿弥陀如来なり、この如来は光明なり。「尽十方」といふは、「尽」はつくすといふ、ことごとくといふ、十方世界を尽してことごとくみちたまへるなり。「無碍」といふはさはることなしとなり、さはることなしと申すは、衆生の煩悩悪業にさへられざるなり。「光如来」と申すは阿弥陀仏なり、この如来はすなはち不可思議光仏と申す。この如来は智慧のかたちなり、十方微塵刹土にみちたまへるなりとしるべしとなり。

「帰命尽十方無碍光如来」とは、阿弥陀仏の救済活動の行き渡っていない場所はないという名号の活動相をあらわされた御名なのです。つまり、名号法はどこでも働いていることです。「どこでも」とは、「ここ」ということです。私がどこにいようと、私が存在するここに名号法は既に与えられているのです。そして、私が聞くに先行して与えられている名号法を聞信すると同時に即得往生の益をえて、平生に往生の業事が成弁するのです。

また、「住立空中尊」の立撮即行の尊形も、三悪の火坑に堕せんとする苦悩の衆生を救済して止まぬ大悲の活動をあらわされたお姿です。

つまり、「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号も、立撮即行の尊形をあらわされた木像や絵像も、南無阿弥陀仏の名号法がこの私の上に活動しているすがたをあらわされたものに他なりません。蓮如上人が「金を掘り出すような聖教」とまで絶賛された『安心決定鈔』には、

かるがゆゑに名号をききても形像を拝しても、わが往生を成じたまへる御名ときき、「われらをわたさずは仏に成らじと誓ひたまひし法蔵の誓願むなしからずして、正覚成じたまへる御すがたよ」とおもはざらんは、きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし。

と教えられています。名号も形像も、本願成就のすがたをあらわされたものなのです。

南無阿弥陀仏の六字の名号を本尊としていながら、名号法の活動相が全く説かれず、名号本尊をも偶像化されてしまっているのが、現在の親鸞会ではないでしょうか?
その名号法の何たるかが説かれていないところに「善をしなければ信仰は進みませんよ」などという邪義が生まれる温床があるのだと思います。


都合の悪い情報は会員に隠して論争に勝ったように装い、自分に向けられている批判にはまともに答えない親鸞会。その体質は、今日に至るまで変わっていないようです。

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Author:いつもの元会員
名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

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