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草陰からの声

親鸞会の元会員の方が、親鸞会と関わって体験したことを元にして書いた小説が以下のサイトに掲載されていました。

草陰からの声
http://renkisaragi.cocolog-nifty.com/

10、私を息苦しくさせていたものと、垣間見えたほころび
という章では、
・教学講義受講に際しての誓約書に対する衝撃
・「高森先生のやることは間違いない」とあっさり言ってしまえる会員への違和感
・アニメの値段に対する親の反応
・アニメ上映会で「また金儲けか!」と発言した会員への高森会長の対応
・教学講義での高森会長のアシスタント講師に対する言動

などから、親鸞会、高森会長への「?」が浮かんでは消えを繰り返した気持ちが綴られていました(リンク先の小説では名前などは変わっています)。

現役会員の方で、親鸞会のどこかにおかしさを感じる人、感じたことのある人も少なからずいると思います。しかし、そのおかしいと感じたことを誰にも言うことはできず、一人悶々とし、時間とともにそれが当たり前になってしまったり、こんなことを思うのは謗法罪なんだと自らを責めたりしてしまってはいませんか?

外部から見たとき、親鸞会はおかしいと思われる点があることを自分でも感じているから、こういうことは縁の浅い人には言ってはいけない、見せてはいけないと「配慮」しているのではないでしょうか?

教えが分かっていない人にいうと誤解する恐れがあるから「配慮」しているのだというかもしれませんが、自分自身が本当に納得していますか?
「納得できることには従うが、納得できないことには従わないということでは、この道は進めないのだ」という言葉に無条件服従し、「謗法罪」という言葉に縛られて、単に思考停止しているだけではないでしょうか?

現役会員の皆さま、自分がなぜ親鸞会を、高森会長を信ずるに至ったのか、振り返ってみられたらよいと思います。
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いつもの元会員

Author:いつもの元会員
名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

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