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私のつたないコメントを取り上げて下さって、ありがとうございます(^人^)

南無阿弥陀仏
  • 2011-02-19 03:32
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>がすしつがかり様

いつも色々なところでコメント拝見しています。
また、取り上げさせていただくこともあると思いますので、今後とも宜しくお願いします。
  • 2011-02-20 19:25
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他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。

親鸞会で、名号本尊でなければならない根拠に挙げられる『蓮如上人御一代記聞書』のお言葉
他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。
を拝読すると、蓮如上人は名号のみを本尊にされたのだと思われる方もあるかもしれません。しかし、本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会で書いたように山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は御木像でした。では、真宗における木像本尊と名号本尊の関係はどのようになっているのか、今回の記事では稲城選恵著『御文章概要』406-417頁から学びたいと思います。

 真宗の本尊論は江戸時代に播州の智暹と法霖の所謂明和の法論より以後、余り問題はなかったが、最近蓮師の「聞書」を出し、名号本尊とすべきことを極端に固執している一部の人がいるようである。一宗の本尊は帰依の対象となるもので、最も重要な意味をもっている。今、本尊論として直接問題になっている蓮師からみることにしよう。即ち「聞書」本の五条には、
「蓮如上人仰られ候ふ、本尊は掛やぶれ、聖教はよみやぶれと、対向に仰られ候ふ。」
とあり、「本尊はかけやぶれ」とあるから、蓮師のいわれる本尊は名号本尊や絵像本尊に考えられるようである。更に「聞書」本の二四条には、
「のたまはく、南旡の字は聖人の御流義にかぎりてあそばしけり。南旡阿弥陀仏を泥にてうつさせられて、御座敷にかけさせられて仰せられけるは、不可思議光仏、旡碍光仏もこの南旡阿弥陀仏をほめたまふ徳号なり、しかれば南無阿弥陀仏を本とすべしとおほせられ候ふなり」
とあり、この文によると六字名号を本尊とされているようである。更に「聞書」本の六九条によると、
「他流には名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりはゑざふ、絵像よりは名号といふなり。」とあり、これによると、他流は名号よりも絵像といわれ、絵像よりも木像といわれる。しかるに当流では、木像よりも絵像、絵像よりも名号といわれる。この場合、他流とは蓮師においては法然門下の異流をいうのである。今、帖内五の五通によると、
「此義は当流一途の所談なるものなり。他流の人に対してかくのごとく沙汰あるべからざる所なり。」
とあり、この他流を帖外一〇〇通には、
「凡当流之義、浄土一家之義には大に相違すべき也。当時はみな他力流の義をもち親鸞聖人一流と号すと、以外の次第也。先親鸞上人意は一念発起平生業成と立てゝ、臨終を期せず、来迎をたのまざるなり。……」
とあり、この場合の他力流は他流の誤りなることは前後の関係をみると明らかに知られる。それ故、信心獲得章の他流も他の浄土異流なることを意味するのである。この場合、他流は臨終来迎をたのむに対して、当流は一念発起平生業成の義をたて、臨終まつことなし、来迎たのむことないという立場を明らかにされているのである。それ故、他流の本尊が木像といわれるのは明らかに来迎仏なるが故である。また「聞書」末の二二一条には、
「然ば前々住上人の御時、あまた御流にそむき候本尊以下、御風呂のたびごとにやかせられ候、此二幅の御影をも焼かせらるべきにて御取出候ひつるが、いかゞ思召候ひつるやらん、表紙に書付を、よしわろしとあそばされて、とりておかせられ候ふ。……」
とあり、これによると、浄土真宗以外の御本尊も混同していたようである。
 次に、帖外九通によると、
「三業のなかには口業もて他力のむねをのぶるとき、意業の憶念、帰命の一念をこれば身業礼拝のために、渇仰のあまり瞻仰のために、絵像木像の本尊をあるひは彫刻し、あるいは画図す。しかのみならず、仏法示誨の恩徳を恋慕し、仰崇せんがために、三国伝来の祖師、先徳の尊像を図絵し安置すること、これまたつねのことなり。」
とあり、「改邪鈔」の文をそのまま引用されている。この引意からうかがうと、蓮師は絵像、木像を否定はしてはいないようである。この絵像木像は「帰命の一念おこれば」とあり、信心獲得の身の上から「渇仰瞻仰のあまり」お礼せずにいられない心境から絵像木像は出ているようである。観念仏体や臨終来迎の必然性からきたものとは全く異なるのである。随って「聞其名号」の名号の内容と絵像木像とは全く同一なることが知られる。
 また帖外三十一通によると、
「そのいはれいかんといふに、在家止住のつみふかき身が弥陀の本願を信じ後生一大事とおもひ、信心決定して誠に極楽往生治定とこゝろえたらん身は、そのありがたさのあまり報謝のためにあし手をはこび、また当山に安置するところの本尊ならびに開山の御影へもまひり、またわれらなんどにも対面をとげんはまことに道理なるべし。」
とあり、この御文は文明六年正月二十日の吉崎在住のものであり、本山の御本尊は明らかに「当山に安置する」とあるから御木像であることが考えられる。もし御絵像や御名号であればかけるという言葉が用いられる筈である。しかも御本尊に御礼することは「如来わが往生をさだめたまひし御恩報謝のため」といわれる。他宗の如く、祈願請求の御本尊や、臨終来迎仏や観念仏体のためのものではない。
(中略)
 以上、蓮師は「聞書」の文によると名号本尊のように思われるが、「帖外御文章」をはじめ、その他の諸文献によっても明らかなる如く、絵像、木像の本尊を用いられ、特に山科本願寺の阿弥陀堂の本尊は木像であったことも既述の如くである。ただし「帖外御文」の六十通に「安心決定鈔」を引用せる如く、形像も名号も全く同一なる名体不二なることが知られる。特に上述の「裏書集」によると絵像の多いことは当時の真宗寺院は多く道場であったといわれる。ここに絵像下附の理由が知られる。しかるに浄土真宗の教団が日増しに大きくなり、道場から寺院へと変転していく過程において、絵像より寺院は木像となり、本山に準ずるようになったといわれる。しかし、絵像も木像も等しく他流や他宗の意味とは異なり、御姿で表象せる名号の内容といわれるのである。
(以下、省略)


(まとめ)
・浄土他流の本尊は、臨終来迎仏であり、臨終来迎の必然性から出てきたものである。
・真宗の本尊は、祈願請求や観念のための物体としての意味は全くなく、御恩報謝から出てきたもの。絵像や木像はお姿で表わされた名号の内容であって、形像も名号も全く同一、名体不二である。

最後に、親鸞会ブログポータル・ナビのコメント欄で、親鸞会における本尊について鋭い意見があったので紹介します。

名体不二であるなら、そもそも名号本尊も形像本尊も、いずれも「阿弥陀仏」であると同時に「南無阿弥陀仏」であるわけで、
高森のごとく「名号本尊でなければ間違いであり、助からない」と主張することは、名体不二の否定であり、これこそ邪説ですよね。
また、礼拝の対象が名号本尊か形像本尊かが救いの可否に関わるなら、礼拝という衆生の三業が信心獲得に関与することとなり、三業帰命に同ずることになりますね…

蓮師が、形像本尊を依用され、また門徒に下附されつつも、「当流は木像よりは絵像、絵像よりは名号」といわれたのは、浄土他流や聖道門に簡んで
「真宗の本尊は、来迎を感得したり、観想念仏するというような、『修行のためのツール』ではないぞ」という意味合い(つまり、本尊とは報恩行の対象である)を強調されたものと解釈するほかなく、高森のように「真宗の正しい本尊は名号であり、形像本尊では助からない」などと主張する事こそ、「本尊は信心獲得の為のツールである」と見做している事になり、むしろ蓮師の意向に真っ向から背く主張ですね。

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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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