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仏教の受け持ちは後生の一大事だというならば、、、

先日の学生大会の演題は「後生の一大事」で、「仏教の受け持ちは後生の一大事」という話があったそうです。
(参考)
『浄土真宗親鸞会 宇治金時にあこがれて』親鸞会館で、後生の一大事について教えて頂きました
『カボチャプリン☆親鸞会講師のわくわく日記』親鸞会のみ明らかに☆
『親鸞会イミズム』親鸞会で知る仏教の受け持ち「後生の一大事」

そういえば、1月の座談会の内容をまとめた顕正新聞2月15日号の記事が、『安心問答』顕正新聞2月は15日号より、「生活に必要なチケット」が必要な理由に書かれていました。

雑毒の善
●地球上のどんな乗り物(JR、バス、飛行機など)にも乗れるが、月(弥陀の浄土)へは行けない。
●多種多様で多い程よい、生活に必要なチケット

真実の善
●月へは行くことができる。
●弥陀から頂く、たった一枚のチケット(南無阿弥陀仏の名号)


蓮如上人の『白骨の御文章』
されば人間のはかなきことは老少不定のさかひなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまゐらせて、念仏申すべきものなり。
を高森会長は話していながら、また会員の人は聞いていながら、1月の座談会では仏教の受け持ちである後生の一大事はそっちのけで、「多種多様で多い程よい、生活に必要なチケット」の話を重点的に話していた、聞いていたということです。老少不定の世であるという自覚があったならば、そんなのんきな話ができるはずがありません。

後生の一大事(=往生の一大事)が仏教の受け持ちということが分かれば、「地球上のどんな乗り物にも乗れるが、月(弥陀の浄土)へは行けない」諸善の勧めの話ばかりの座談会を聞いて満足できるはずはありません。月(弥陀の浄土)へ行ける「南無阿弥陀仏の名号」について、聞きたいと思うはずです。

1月の座談会から3月の学生大会まで、ほんの数ヶ月の間のことです。会員の皆様は、毎回毎回の話が一貫していないことに気が付かないのでしょうか?
1回の話のその一部分だけを聞いて、「今日は今まで聞いたことのないことを聞けてよかった」とか「いい話だった」という程度にしか聞いていないとしたら、高森会長の話のおかしさに気が付かないのかもしれません。

仏教の受け持ちは後生の一大事(=往生の一大事)ということに腰を据えて、高森会長の話の全体をしっかり聞いてみて下さい。月(弥陀の浄土)へ行ける「南無阿弥陀仏の名号」についての話とは無関係なことばかりを話していることに気が付くことと思います。
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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