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看板と中身の相違という意味では、
百歩譲って、親鸞会の言うように善を行うことが、獲信への近道であると勧めることを容認したとしても、
その勧める者の指導者に悪行のあったことが明るみにでると「謗法罪に比べたらささいなこと」と言って、謝りもせず居直っている。すなわちこの世の善悪など獲信とは無関係と、腹では思っていることの証左であり、つまりはニセ看板を掛けているということだ。
それを否定するならば、今からでも遅くないから悪事の張本人M晴を糾弾し、相応の罰を与えるべきである。それもせずに、会員をどうせ地獄行きだからという同じ地平に立たせるならば、即刻募財や勧誘などの積善の勧めをやめ、恐怖の束縛を解かねばならない。今後は念仏の一路ただ一つを歩ますべし。

[C185]

>名無し様

「善のすすめ」という看板を掲げながら、それを説く会長がどれほどの「善」をしているのかという実態をしれば、「ニセ看板」だったということに気がつきます。しかし、情報を封鎖され、「高森先生」の虚像を崇めている会員さんにはそれがなかなか分かりません。

真宗は念仏の一路ただ一つというのは、会長も分かっているでしょうが、それでは組織の維持もできないし、自身の願望も満たせないので、いつまでたってもニセ看板を掲げ続けるでしょう。

会員さんには、すみやかにそんな会長のもとから去ってもらいたいです。
  • 2011-04-20 22:07
  • いつもの元会員
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看板と中身の違いを知った人から退会するー平生業成の10分説法から

高森会長のビデオ法話の前に、講師部員が行う10分説法の一つ、『平生業成』の中に以下の話が出てきます。

 看板といえば、それを見れば、その店が何を売っているか分かるものです。
「八百屋」という看板があれば、そこでは野菜が売られているのだな、と分かります。
「タバコ店」とあれば、たばこを売っているのだなと分かります。
 看板を見れば、何を売っているか分かりますから、看板は大変大事なものです。
 もし魚屋さんに「タバコ店」という看板が出ていたら、その店はどうなるでしょう。タバコがありませんから、タバコを買いに来た人は腹を立てて帰って行きますし、魚が欲しい人は誰も来ませんから、店は倒産してしまいます。
 ですから、看板は非常に大切なものです。
http://www.shinrankai.or.jp/b/shinsyu/heizeigoujyou.htmより引用)


改めて親鸞会を眺めてみると、「タバコ店という看板が出ている魚屋さん」に当たるのが親鸞会だと感じます。

「浄土真宗」「親鸞会」と浄土真宗、そして宗祖のお名前を団体名(看板)にしていながら、お聖教を実際に自分で拝読すると、その教えている内容(中身)が浄土真宗・親鸞聖人の教えとかけ離れていたり、正反対だったり。したがって、親鸞聖人の教えを求めていた人は、去っていきます。

生きている平生に救われる「平生業成」は親鸞聖人の教えの一枚看板と説きながら、実態は「信仰が進む」だとか「光に向かって進ませて頂きましょう」などというフレーズに代表されるように未来に救われる教え。よって、今救われたいと願う人は辞めていきます。

「仏法のため」というフレーズで度重なるお布施を募りながら、会計報告もなされず、本当に仏法のために使われたかどうかわからない不透明な会計。そのことに不審をもった人は、退会していきます。

「質問大歓迎」と大学での勧誘時に言われたのに、気がついてみたら「先生の深い御心」「君たちには分からないことなのだ」「納得できることには従うが、納得できないことには従わないということではこの道は進めないのだ」などと思考停止状態にさせられる。これがカルトに共通する問題点の一つだと気がついた人は、目を覚まして自ら歩み始めます。

今挙げたことはほんの一例でしょう。

親鸞会では、とにかく、外に向かって一応は掲げられていること(看板)と実際にそこで行われていること(中身)の乖離が大きいです。実態が看板通りではありませんから、その実態に気がついた人は辞めていきますし、死ぬまで求道の終わりなき苦しみを受けたい人も、無駄なことにお金を使いたい人も、カルト性のある団体に進んで所属したい人もいませんから、実態を隠した勧誘活動を構成員は続けるしかありません。

自分が勧誘する時のことを思い出して下さい。「こんなことをご縁の浅い人に話をしたら誤解される」と思って、相手に隠していることはありませんか?
そのようなところに「看板」と「実態(中身)」の相違があるのかもしれません。
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看板と中身の相違という意味では、
百歩譲って、親鸞会の言うように善を行うことが、獲信への近道であると勧めることを容認したとしても、
その勧める者の指導者に悪行のあったことが明るみにでると「謗法罪に比べたらささいなこと」と言って、謝りもせず居直っている。すなわちこの世の善悪など獲信とは無関係と、腹では思っていることの証左であり、つまりはニセ看板を掛けているということだ。
それを否定するならば、今からでも遅くないから悪事の張本人M晴を糾弾し、相応の罰を与えるべきである。それもせずに、会員をどうせ地獄行きだからという同じ地平に立たせるならば、即刻募財や勧誘などの積善の勧めをやめ、恐怖の束縛を解かねばならない。今後は念仏の一路ただ一つを歩ますべし。

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>名無し様

「善のすすめ」という看板を掲げながら、それを説く会長がどれほどの「善」をしているのかという実態をしれば、「ニセ看板」だったということに気がつきます。しかし、情報を封鎖され、「高森先生」の虚像を崇めている会員さんにはそれがなかなか分かりません。

真宗は念仏の一路ただ一つというのは、会長も分かっているでしょうが、それでは組織の維持もできないし、自身の願望も満たせないので、いつまでたってもニセ看板を掲げ続けるでしょう。

会員さんには、すみやかにそんな会長のもとから去ってもらいたいです。
  • 2011-04-20 22:07
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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