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S会の使用している、法蔵館の「真宗聖典」には「正信偈大意」は収録されてませんから、会長にとって都合の悪い部分は会員さんに読まれずに済むと思ってるのかも知れませんね。

いまはネットのおかげで七祖聖教含めて、真宗のお聖教が全て誰でも容易に読める時代になったのは、有り難いことです。
  • 2011-04-27 03:33
  • Rudel
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[C188]

>Rudel様

真宗のお聖教のみならず、さまざまな情報に触れられる時代になったにも関わらず、会員さんが浄土真宗のことについて、自分で全く調べようとしません。『教学聖典』を暗記さえすればよいと思いこまされてしまっているからでしょうか?

また、都合の悪い部分を読ませないというよりも、会長自身が読んだことがないお聖教がたくさんあるのかもしれないと思う今日この頃です。
  • 2011-04-28 20:28
  • いつもの元会員
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七高僧の勧められたこと

先日の4月の高森会長の法話の中で、『正信偈』の「道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説」について話があったようです。いくつかの親鸞会関係のブログで取り上げられています。

『浄土真宗親鸞会 熊本火の国のひろば』4月ご法話、正信偈の構造より

正信偈の目的は、最後の「道俗時衆共同心唯可信斯高僧説」
に明らかにされているとおり、全ての人よ、親鸞と同じ絶対の幸福になってもらいたい。そのためには、仏法を正しく伝えてくだされる先生の教えを聞けばよい。ということだとお聞きしました。


『浄土真宗親鸞会 きらり☆金沢』道俗時衆共同心より

この正信偈は何のために書かれたか。
正信偈を書かれた目的が、一番最後に書かれています。

「道俗時衆共同心(どうぞくじしゅうぐどうしん)
 唯可信斯高僧説(ゆいかしんしこうそうせつ)」

「全ての人よ、この親鸞と共に同じ心になってもらいたい。」

同じ心とは、絶対の幸福ということです。
全ての人に、絶対の幸福になってもらいたいと書かれたのが正信偈なんですね。

では、どうすればそのような身になれるのか?

「唯一つ、この高僧の教えを信じなさい。」



ちなみに、『正信偈』のこの部分について、蓮如上人は次のように教えられています。

「弘経大士宗師等 拯済無辺極濁悪 道俗時衆共同心 唯可信斯高僧説」といふは、弘経大士といふは、天竺(印度)・震旦(中国)・わが朝の菩薩・祖師等のことなり。かの人師、未来の極濁悪のわれらをあはれみすくひたまはんとて出生したまへり。しかれば道俗等、みなかの三国の高祖の説を信じたてまつるべきものなり。さればわれらが真実報土の往生ををしへたまふことは、しかしながらこの祖師等の御恩にあらずといふことなし。よくよくその恩徳を報謝したてまつるべきものなり。(正信偈大意)

道俗等に向かって、「三国の高祖の説を信じたてまつるべきものなり」であると仰っています。では、印度、中国、日本の三国の祖師方の教え勧められたこととは何なのでしょうか?
同じく『正信偈大意』に、蓮如上人は次のように教えられています。

「印度西天之論家 中夏日域之高僧 顕大聖興世正意 明如来本誓応機」といふは、印度西天といふは天竺なり、中夏といふは唐土(中国)なり、日域といふは日本のことなり。この三国の祖師等、念仏の一行をすすめ、ことに釈尊出世の本懐は、ただ弥陀の本願をあまねく説きあらはして、末世の凡夫の機に応じたることをあかしましますといへるこころなり。(正信偈大意)

ここで「この三国の祖師等、念仏の一行をすすめ」と仰っています。「一行」ですから、他の行を雑えることはないということです。つまり、親鸞会で盛んに強調されている「浄土の方便の善」を勧めることはないということです。しかし、親鸞会では、諸善の勧めばかりではありませんか?

上でリンクしたブログを見ると「依修多羅顕真実」についても話があったようですが、この真実とは何のことか親鸞会の会員さんはご存知でしょうか?
蓮如上人が、

「依修多羅顕真実 光闡横超大誓願 広由本願力回向 為度群生彰一心」といふは、この菩薩、大乗経によりて真実を顕す、その真実といふは念仏なり。横超の大誓願をひらきて、本願の回向によりて群生を済度せんがために、論主(天親)も一心に無碍光に帰命し、おなじく衆生も一心にかの如来に帰命せよとすすめたまへり。(正信偈大意)

と解釈されている通り、「真実」=「念仏」です。

「唯一つ、この高僧の教えを信じなさい」と言われても、その高僧の説が誤って伝えられているところでどれだけ教えを聞いても救われることはないと言っていいでしょう。『正信偈大意』のお言葉から明らかなように、七高僧が共通して大切に教えられたのは18願、他力念仏です。4月の二千畳座談会では、「18願、19願、20願を親鸞聖人だけでなく、七高僧はじめみな大切に教えられている」と高森会長が説いたそうですが、真宗教義にない珍説であることが分かります。

『正信偈大意』は短いお聖教ですから、会員の皆さんは是非拝読してみて下さい。そして、高森会長の『正信偈』の話と比較してみるとよいと思います。
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S会の使用している、法蔵館の「真宗聖典」には「正信偈大意」は収録されてませんから、会長にとって都合の悪い部分は会員さんに読まれずに済むと思ってるのかも知れませんね。

いまはネットのおかげで七祖聖教含めて、真宗のお聖教が全て誰でも容易に読める時代になったのは、有り難いことです。
  • 2011-04-27 03:33
  • Rudel
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>Rudel様

真宗のお聖教のみならず、さまざまな情報に触れられる時代になったにも関わらず、会員さんが浄土真宗のことについて、自分で全く調べようとしません。『教学聖典』を暗記さえすればよいと思いこまされてしまっているからでしょうか?

また、都合の悪い部分を読ませないというよりも、会長自身が読んだことがないお聖教がたくさんあるのかもしれないと思う今日この頃です。
  • 2011-04-28 20:28
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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