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「方便を以て真実を顕わす廃立の義」のトンデモ解釈

親鸞会公式ホームページに掲載されているマンガ『歎異抄をひらく』の衝撃度「知識の大罪」の巻では、『御一代記聞書』のお言葉を出して、その意味を説明しています。

(原文)
方便を悪しということは有る間敷なり。方便を以て真実を顕わす廃立の義、よくよく知るべし。弥陀・釈迦・善知識の善巧方便によりて、真実の信をば獲ることなる(御一代記聞書)

(マンガ内で説明されている意味)
方便など要らないなどとは言語道断いうべきことではない。恐ろしい大謗法である。方便からしか真実に入れぬと説かれた、親鸞聖人の教えが全く分かっていないのだ。弥陀・釈迦・善知識の善巧方便によってのみ真実の信心を獲ることができるのである。

原文とその意味を比較すると、
方便を以て真実を顕わす廃立の義、よくよく知るべし

方便からしか真実に入れぬと説かれた、親鸞聖人の教えが全く分かっていないのだ
と説明しているのだと思いますが、無茶苦茶な解釈です。

「方便を以て真実を顕わす廃立の義」のどこから「方便からしか真実に入れぬ」という意味が出てくるのでしょうか?

「方便を以て真実を顕わす」とは、方便を説いて真実を顕す手段にするということです。また、親鸞会の説明は、「廃立」について全く解釈していないことが分かります。「方便を以て真実を顕わす廃立の義」とは、方便を説いて真実を顕す手段とし、真実が明らかになれば方便を廃して真実を立てるということですが、「方便を廃す」ということが親鸞会にとって余程都合が悪いので、この部分には触れられないのだと思います。

上の蓮如上人のお言葉の理解を深めるために、『21世紀の浄土真宗を考える会』方便といふこと 3から意訳を引用します。

 蓮如上人は仰せられた。
 世間では嘘も方便などといいふらすところから、方便を悪いことのようにおもいなすものもあるが、かかる間違いはあってならないことである。
 方便には権仮方便もあり善巧方便もある。
 まず、権仮方便ということについていえば、方便という権仮(かりもの)を設けて真実を顕す手段にする、さらに真実を顕したなら、方便を廃して真実を立てることであるが、ここに方便の値打ちがあるので、方便は悪いとおもうてはならないのである。
 次に善巧方便ということに、ついていえば弥陀釈迦二尊はいうまでもなく、次第相承の善知識がいろいろと善い巧みなお手廻しをなされて、私どもをみちびき、真実の信心を獲得させてくださるのである。


廃すべき方便(権仮方便)と廃することのない方便(善巧方便)の区別をつけず、聞くものに両者を混同させ、権仮方便である19願の善を実行した先に信心獲得があるのだと刷り込みを行っているのが親鸞会です。刷り込みを行うために、「方便を以て真実を顕わす廃立の義」を原文の意味を無視して、「方便からしか真実に入れぬ」という親鸞会ドグマで説明しているのでしょう。

今回取り上げた箇所は、出されたお言葉の前後の文章を読むということをしなくても、原文と親鸞会から提示された意味を比較検討すれば、その解釈のおかしさに気がつくはずです。高森先生に間違いないという先入観を持たずに、日本語の問題として両者を読み比べてみて下さい。

また、親鸞会の会員さんの中には、善(諸善・諸行・定散二善)を説かれたということは、実行させるためなのだと堅く信じている人もあるかもしれませんので、廃するがために説くと教えられた法然聖人のお言葉を紹介します。

初めの義はすなはちこれ廃立のために説く。いはく諸行は廃せんがために説く、念仏は立せんがために説く。(選択本願念仏集

また定散を説くことは、念仏の余善に超過したることを顕さんがためなり。もし定散なくは、なんぞ念仏のことに秀でたることを顕さんや。(中略)ゆゑにいま定散は廃せんがために説き、念仏三昧は立せんがために説く。(選択本願念仏集


これらのお言葉を踏まえると、蓮如上人が「方便を以て真実を顕わす廃立の義、よくよく知るべし」と仰った意味がより理解できると思います。

(参考)
『飛雲』「方便をもつて真実をあらはす廃立の義よくよくしるべし」の曲解
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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