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他力回向にも平生業成にも反する能登会館落慶祝賀会での高森会長の話

能登会館落慶式(7月29日)の翌日の祝賀会において、高森会長が話した内容が『顕真9月号』に掲載されていました。その内容が、浄土真宗の他力回向のご法義を根本から破壊する邪義でしたので、以下に引用し、誤りを指摘したいと思います(顕真9月号 20、21頁より引用)。

質問 能登会館にお越しくださって感激しています。このように、各地にお越しくださる心をお聞かせください。

 皆さんの尊い布施によって能登会館が造られました。いろいろなご苦労があったと思います。
 布施とは、お釈迦さまが説かれた諸善の一つです。たくさんの善を六つにまとめられた六度万行の、最初に教えられているのが布施行です。
 煩悩具足の私たちに、布施はなかなかできることではありません。それなのに、させていただけたのは、無上仏のお働き以外にありません。
 間違いなく無上仏に動かされて、皆さんは尊い布施をなされた。それを見せていただき、私もぜひ参加させていただきたいと、参りました。
 お釈迦さまの時代、祇園精舎が造られました。給孤独長者が寄進したものです。その尊い布施を、釈尊は大変喜ばれ、そこで幾度もご説法をなされています。
 このたびは、皆さんが布施された。そういうことをさせられた無上仏の偉大なお力に、私も、動かされたに違いありません。
 無上仏は、皆さんがなされたことをよくご存じです。やがて必ず、無上仏からのご褒美があることでしょう。この会館で、真剣に聞法し、無上の宝を獲得してもらいたいと思います。

(文責記者)


問題なのは、最後の段落です。

「阿弥陀仏は皆さんが布施をされたのをよくご存知で、やがて必ず阿弥陀仏からのご褒美がある」という意味のことが書かれています。これは、私が行った行為に応じて阿弥陀仏の救いがえられるという考えであり、他力回向に真っ向から反する邪義です。

また、「やがて必ず、無上仏からのご褒美がある」と書かれていることは、「平生業成」に反しています。救われるのは「今」ではなくて「やがて(未来)」なのですから。こんなことを聞かされている会員さんは、「がんばって生きていれば、きっとそのうちいいことあるよ」(『なぜ生きる』32頁)と同じ思考に陥ってしまっていて、変わりばえのしない求道生活が続いているだけなのではないでしょうか?

浄土真宗とは、阿弥陀仏の第18願の法義であり、それは他力回向の教えであって、私の側から阿弥陀仏に差し向けるものは何もないことをこのブログでは再三再四書いてきました。他力回向の浄土真宗の教えが自力回向の教えになり、平生業成の親鸞聖人の教えが「やがて」助かる教えになってしまっているのが、親鸞会で説かれている教えです。浄土真宗を名乗りながら、肝心要の18願について反することばかりが説かれている実態に現役会員の皆さまには早く気がついて頂きたいと思います。
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コメント

[C213]

こりゃ顕真9月号は回収されるか、または訂正記事が出るかな。それに類した処置が行われないようなら、高森会長を善知識として付いていく者には、信心決定はあり得ないな。
  • 2011-10-02 10:40
  • 雑草
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  • 編集

[C214]

会長が能登会館に行ったのでしょうか?本人が地方の施設を訪問するとは珍しいですね。
顕真の文章は教義上おかしいし、巧みにぼかした表現です。
阿弥陀仏と取り引きしていますし、やがてご褒美があるなら一生求道ですね。
それにしても、私はご褒美という言葉遣いに何とも言えないいやらしさを感じます。

[C215]

>雑草様

今までの傾向からして、顕真9月号が回収されることはないと思います。昨年の降誕会の「二千畳は無上甚深の功徳の宝を取引をするところ」という会長の発言を公式サイトに載せてしまう団体ですから。既に浄土真宗が説かれていないという事実に、会員さんには早く気がついてもらいたいです。


>名無し様

会長は能登会館に行きました。『顕真』には記念撮影の写真も掲載されていて、会長の姿もあります。また、つい最近は、小矢部会館にも行ったようです。『イミズム』というブログを参照して下さい。
私もご褒美という表現にはとても違和感を覚えました。阿弥陀仏からのご褒美というより、会館建立の布施に頑張った人には会から「会館建立功労賞」というご褒美がもらえるようです。
  • 2011-10-04 22:15
  • いつもの元会員
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[C260] 文章をちゃんと読まれてます?

私達の布施行いは・・・無上仏のお働き以外何も無いって理解しましたけど・・変?
  • 2013-04-23 01:37
  • 冨田 信
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  • 編集

[C261] 冨田 信様

> 私達の布施行いは・・・無上仏のお働き以外何も無いって理解しましたけど・・変?

引用文の3、4段落目には、そのような内容が書いてありますね。

しかし、この記事で問題にしているのは最後の段落の「無上仏は、皆さんがなされたことをよくご存じです。やがて必ず、無上仏からのご褒美があることでしょう。」の部分です。富田様は、この部分をどのように理解されましたか?
  • 2013-04-23 01:50
  • いつもの元会員
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  • 編集

[C264] ご返答ありがとうございます。

阿弥陀仏がご存知というのは見聞知だからです。ご褒美とは阿弥陀仏とのご縁を結ばさせ頂ける、と理解しています。やがて・・・と言われています、27年欠かさず聞いて来ましたが、実際のところ親鸞聖人の教えに触れる事自体阿弥陀仏とのご縁を結ばさせ頂ける事になると理解しています。それ自体ご褒美と私は思います。
もっと大きなご褒美は七高僧親鸞聖人と同じ他力の信心を阿弥陀仏から頂く事と理解しています。
最後に、「・・・でしょう。」と言われているのは、他力の信心を得ているかどうかは、先生が決められる事で無く、阿弥陀仏と諸仏方と、頂いた本人しか分からない事だからだと私は理解しました。

追記、私文章下手なので、分からない事が有りましたらお尋ね下さい。
  • 2013-04-24 23:25
  • 冨田 信
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