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自分の首絞めるのが好きですね。
親鸞会的 二種深信 までもがおかしくなるのが わからないのでしょうか。
そのうちに 19願 20願も ハッキリ
するって言いだすのかな。(笑)
  • 2012-03-24 07:53
  • ため息
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[C241]

19願20願もハッキリすると主張してるんじゃないでしょうか。
救われたら三願の真仮がハッキリする。18願が真実で、この無碍の一道まで出させるための19願20願であったとハッキリすると。
会員さんは衝撃を受けたみたいですが、数年前の本願成就文の教学講義でも似たような説明はあり、その時は聞其名号に三願が収まると言っていました。
親鸞会の仏願の生起本末の説明にはいくつかパターンがあります。
①仏願の生起、それを本から末にかけて聞く。
→この話では、病人、医師、薬、全快、お礼の話が続けてされてました。昔はこの説明が多かった。
②仏願(阿弥陀仏の本願)、生起(誰の為に、何の為に起こされたのか)、本末(そしてどうされたのか、結果どうなったのか)という説明。
→この時は一切の群生海の御文の説明。四、五年前よくしてた説明。
③今回の三願の話。今後流行るのかも。
あと独言のあの文章は大沼師の著書に同じような文章がありますので、そこを意味を咀嚼せず拝借しただけでしょう。
そういえば会員時代は会長がいつもと違う表現や、説明の仕方、御文を出したりすると、なぜかちょっと興奮して凄いこと聞いたと喜んでいました。珍しい法を説けば説くだけ狂喜する会員さんにかつての自分を重ね合わせてしまいます。
何が何でも会長は三願転入の話がしたいし、会員さんにも何が何でも三願転入の話が聞きたいという人がいるのです。

[C242] 被害者の時間は帰らない。

>入会しなければ、脱会する必要はないんだけどね。

だから、幹部会員、脱会講師、現役講師、ビデオ講師、アシスタント講師、詐欺森
には、大きな責任がある。知りませんでは済まされない。
被害者の時間は帰らない。
  • 2012-03-27 00:44
  • 世親(てんじん)菩薩 ◆/G3i5PmIjgz0
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「仏願の生起本末」の本とは18願、末とは19願と20願のこと???(学生大会より)

先日行われた学生大会の内容について、親鸞会関係のブログに以下のように書かれていました。

さて、3月18日は学生大会で、高森顕徹先生より「仏願の生起本末」について教えていただきました。
親鸞聖人の教行信証に出てくるお言葉ですが、本とは18願、末とは19願と20願のことで、ここに三願転入が収まっているとお聞きしたのは、かなり衝撃でした。
たった2文字に仏教のすべてがおさまっている。
これは驚くべきことだと思いました。
(『浄土真宗親鸞会 熊本火の国のひろば』未来を決めるのは今のこの光の瞬間より)


何でもかんでも三願転入に結びつけたい高森会長。
それを聞いて、衝撃を受ける会員さん。この衝撃とは、今まで聞いたことがないすごいことを聞けたという衝撃でしょうか?

それにしても、説く者も聞く者も過去の話との整合性を全く気にしていないことが窺えます。

例えば、過去、高森会長は「仏願の生起本末」について次のように書いています。

(25) 聞即信

「聞と言うは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし。是を聞というなり。
 一念と言うは、信心二心なきが故に一念という。是を一心と名く。
 一心は則ち清浄報土の真因なり」
                  (教行信証信巻)

 衆生とは十方衆生、それは逆謗の悪機。
 仏願とは、若不生者不取正覚と誓われた弥陀の十八願。
 生起とは、正覚をかけてまで生まれさすと誓われた弥陀の本願は、生まるべからざる逆謗の屍が狙いということ。
 本末とは、法蔵菩薩の因願と阿弥陀仏の大願業力。
 一念とは、危ぶみのない信心のこと。
 堕ちるに間違いなしと切り捨てられたときには、助かるに間違いなしと生き上がっているのだから、堕ちはせぬかの不安もなければ、ツユチリほどの疑いもないから、“信心二心なき故に一念と言う”と聖人は言われているのである。
(高森顕徹先生の独言より)


ここでは、「仏願の生起本末」を、明らかに18願の内容のみで説明しています。
なお、生起の内容に問題があることはすでに、
阿弥陀仏は十方衆生を逆謗の屍と見抜かれたのか?
で触れているので今回は省略します。

このような「仏願の生起本末」の本を18願、末を19願と20願と解釈する例はないこともないのですが、1つ紹介すると、『教行信証講義』(山邊習學 赤沼智善)には以下のように書かれています。

然るに『大無量寿経下巻』に聞其名号信心歓喜乃至一念というてあるが、この聞という字は、あらゆる衆生が、阿弥陀如来の本願を起こして下された第一の原因が私共凡夫の流転の相〈すがた〉であったこと、私共の有様を見るに見兼ねて、救済の本願を起こし(生起)、其の本願の中に、第十八願の真実と(本)、第十九、第二十の方便の願(末)をお建て下された御思召しをよく聞き開いて、疑いの心の全くなくなったことを云うのである。

しかし、本を18願、末を19願と20願とする解釈は親鸞聖人の御心にはかなっていないと言わざるを得ません。

そもそも「仏願の生起本末」という言葉は、十八願成就文の「聞其名号」を解釈されているお言葉の中に出てきます。

しかるに『経』(大経・下)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。

また、同じ十八願成就文の「聞其名号」を『一念多念証文』では次のように解釈されています。

「聞其名号」といふは、本願の名号をきくとのたまへるなり。きくといふは、本願をききて疑ふこころなきを「聞」といふなり。またきくといふは、信心をあらはす御のりなり。

したがって、「仏願の生起本末を聞く」=「本願の名号をきく」ということであり、親鸞聖人のおいては「本願=18願」ですから、仏願の生起本末の中には19願も20願も出てきようがありません。

さらに、「仏願の生起本末」の具体的な内容は、同じく『教行信証』信巻の至心釈、信楽釈、欲生釈に説かれていますが、その中にも19願、20願は一切出てきません。このことについては、すでに、
「仏願の生起・本末を聞く」ということと親鸞会で聞かされていること
で述べていますので参照して下さい。

何が何でも三願転入の教え(その中でも特に19願)を説きたいのが高森会長だということがよく分かります。一体その目的は何なのでしょうか?
会員さんははやく目を覚ましてください。
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自分の首絞めるのが好きですね。
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  • 2012-03-24 07:53
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19願20願もハッキリすると主張してるんじゃないでしょうか。
救われたら三願の真仮がハッキリする。18願が真実で、この無碍の一道まで出させるための19願20願であったとハッキリすると。
会員さんは衝撃を受けたみたいですが、数年前の本願成就文の教学講義でも似たような説明はあり、その時は聞其名号に三願が収まると言っていました。
親鸞会の仏願の生起本末の説明にはいくつかパターンがあります。
①仏願の生起、それを本から末にかけて聞く。
→この話では、病人、医師、薬、全快、お礼の話が続けてされてました。昔はこの説明が多かった。
②仏願(阿弥陀仏の本願)、生起(誰の為に、何の為に起こされたのか)、本末(そしてどうされたのか、結果どうなったのか)という説明。
→この時は一切の群生海の御文の説明。四、五年前よくしてた説明。
③今回の三願の話。今後流行るのかも。
あと独言のあの文章は大沼師の著書に同じような文章がありますので、そこを意味を咀嚼せず拝借しただけでしょう。
そういえば会員時代は会長がいつもと違う表現や、説明の仕方、御文を出したりすると、なぜかちょっと興奮して凄いこと聞いたと喜んでいました。珍しい法を説けば説くだけ狂喜する会員さんにかつての自分を重ね合わせてしまいます。
何が何でも会長は三願転入の話がしたいし、会員さんにも何が何でも三願転入の話が聞きたいという人がいるのです。

[C242] 被害者の時間は帰らない。

>入会しなければ、脱会する必要はないんだけどね。

だから、幹部会員、脱会講師、現役講師、ビデオ講師、アシスタント講師、詐欺森
には、大きな責任がある。知りませんでは済まされない。
被害者の時間は帰らない。
  • 2012-03-27 00:44
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