Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント

[C262] 18願ご存知?

ご存知なら話は早いのですが、唯除五逆誹謗正法の理解を教えて頂きたく思います。
  • 2013-04-23 01:55
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C263] Re: 18願ご存知?

「唯除五逆誹謗正法」について、親鸞聖人は、

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。 (尊号真像銘文)

と教えられています。この親鸞聖人のお言葉の通りに理解しております。
  • 2013-04-24 01:06
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C265] ご返答ありがとうございます。

ただ除く。みなもれず。
これを矛盾と思われませんか?
私は矛盾していると思います。
しかし、他力の信心を得た人は、ただ除くとは私の事であった、みなもれずの「みな」とあるけれど私の事であった、と知らされる、二つの矛盾した事が同時に知らされる。と私は聞いております。
  • 2013-04-24 23:48
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C266] 言葉足らずといいますか、文章足らずといいますか、申し訳ありません。

弥陀が全人類を逆謗の一機と見抜かれたお言葉と有ったので、18願ご存知?というご質問をしました。
唐突に質問して申し訳ありませんでした。
  • 2013-04-25 00:09
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C267] きちがいかと思われるかもしれませんが

弥陀は十方衆生と約束され、その十方衆生を五逆誹謗正法と見抜かれ、それが18願に書かれた根拠だと聞いております。

問題は唯除だと思って、先ほどの投書になりました。
論点ずれてしまって申し訳ありません。
  • 2013-04-25 00:28
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C268] 根拠が無いと言われる事に関して

平生業成という言葉は親鸞聖人が初めて言われたお言葉と聞いております。
また、親鸞聖人は廃師自流と非難されました。
教行信証は八割が根拠、二割が親鸞聖人のお言葉と聞いております。間違っていたら申し訳ありません。
親鸞聖人の教えでなく、先生の教えと言われても・・・
当時の親鸞聖人の心境と先生の心境と重なりを感じます。
私がはっきりしている事は、後生不安な心を抱えていた時は弥陀の本は当然の如く疑い一杯だったですし、先生のお話は、疑問有りながら聞いていました。
今は後生はっきりしているので弥陀の本願に疑いようが無いし、弥陀の本願有る事を教えて下さった先生を疑いようがありません。
今でも先生のお話聞いていて疑問に思う事はありますが、弥陀の本願に疑い無いから・・・先生がどうしてそなような話され方をされたのか、その心を機会が有れば教えて頂きたい・・・という感じです。
言葉変えれば教義、学問の分野にしか過ぎません(言葉悪いですけど・・・あくまでも今の私の弥陀から頂いた信心と比べれば)。
逆にお尋ねしたいですね、親鸞聖人が平生業成と言葉を作られた聖人の教え、と釈迦の教えの類似点、又相違点。親鸞聖人が廃師自流と言われた理由をどう理解されているのか。
長々とすいません、思ったままを書いてしまいました。
  • 2013-04-25 01:31
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C271] Re: 根拠が無いと言われる事に関して

冨田 信様

このコメントに対する返信として記事を書きました。
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-174.html

他のコメントに対しては、後日返事を書きます。
  • 2013-04-26 02:28
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C276] 機の深信

十方衆生を五逆誹謗正法と見抜かれ、18願を根拠にだした思いの中に・・・

教行信証に
自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、広劫よりこのかた、常に没し常に流転して、出離の縁あることなし
とあります。

十方衆生=自身=善導=親鸞(すべての人とはあるけれど私のことであった)
五逆正法誹謗=罪悪生死の凡夫

唯除=出離の縁あること無し

と重なります。
故に18願を根拠として、18願読んでも弥陀の本心わからないから、機の深信で善導大師はその時代の人々に、親鸞聖人はその時代の人々に分かるように18願を解説されたと思います。
  • 2013-04-26 17:05
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C278]

こちらの件も、先ほどのコメントと同じですから、そちらと以下をあわせて読んでみてください。
すべて破邪されています。

http://sinrankaix.exblog.jp/16839999/
  • 2013-04-26 21:18
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C280] Re: 機の深信

この記事に対する返信は長文になりましたので、以下の記事にしました。
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-176.html
よろしくお願いします。
  • 2013-04-27 02:30
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C311] 三願転入は親鸞聖人の教えの根基

『観経』の三心をえてのちに、『大経』の三信をうるを、一心をうるとはもうすなり。

このご文を観経に説かれている三心を翻して、大経に説かれる三信心をうるを一心をうる。と、ある方々は試訳されています。

「えてのちに」と「翻して」が合わないように私は思ったのですが、
親鸞聖人、浄土和讃に
定散諸機格別の 自力の三心ひるがえし 如来他力の信心に 通入せんとねがうべし

と書かれていますから、ある方々は「えてのちに」を「翻して」と現代語訳されたと思います。

至心発願欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける

至心回向欲生と 十方衆生を方便し 名号の真門ひらきてぞ 不果遂者と願じける

至心信楽欲生と 十方衆生をすすめてぞ 不思議の誓願あらわして 真実報土の因とする 

この五和讃は?
  • 2013-05-04 10:50
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C312] 三願転入の御文は当然ありますが

当然ありますが・・・といわれていますが、
「当然」といいつつ、三願転入の親鸞聖人のお言葉を他人事として読まれているのですか?
  • 2013-05-04 11:05
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C313] 三願転入は親鸞聖人の教え

三願転入は阿弥陀仏が作られた他力回向と、他力に帰するまでの道のりです。

当ブログでは、特に「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」であることを基軸にして

とありますが、すべての人が他力回向となるのは・・・疑問だらけです。

明確にしていただけたら幸いです。

ちなみに、すべての人とは地球上すべての人と思いますが。
  • 2013-05-04 11:15
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C314] 飛雲より

しかし、三願転入とはいいながら親鸞会で説いていることは19願のことだけです。飛雲より

この発言誰?
19願のことだけです。
と言い切っていますが・・・何聞いてるの?寝てたんじゃないの?
  • 2013-05-04 11:22
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C315] ・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?

臨終現前の願により
釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして
定散諸機をすすめけり

汝はこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。観経

心想羸劣とみぬかれ定善散善を勧められています。

何故でしょう?
釈迦は他力回向直球で勧められなかった訳は?

皆さん各々の定善散善やられてみたら各々が分かる事です。

定善散善いらないと言う人は、釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょう。
  • 2013-05-04 11:59
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C317]

至心発願欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける

この次の御和酸を知っていますか?


臨終現前の願により
 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらはして
 定散諸機をすすめけり


釈迦は諸善を「定散諸機」に勧められた

わかりますか?

「逆悪の機」に勧められたではないです。

「逆悪の機」とは、観経の下品上生・下品中生・下品下生のこと。

「定散諸機」とは、定善の機・上品上生~中品下生までのこと。
  • 2013-05-04 20:21
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C318]

三願転入をそのまま読みましょう。


七高僧方のお導きにより、19願を捨てて離れた、ですね。
七高僧方のお導きにより、19願を勧められ実践した、ではないです。


親鸞聖人は、自分は19願に迷ってきたが、七高僧方のお導きによって、19願に迷っていたのを脱した、と仰って、皆さんも19願に迷うなよ、と仰っているのですが。


どこをどう読んだら、19願を勧められた、19願を通れ、と仰ったお言葉と読めるのですか?
  • 2013-05-04 20:26
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C319]

2000畳の相当前の方で、長らく会長の話を聞いてきましたが、会長の話は19願だけでしたね。

18願はおまけのようなもの。20願に至っては19願を通過してからだから関係ないとの態度でしたけど。

キミたちは、19願の入り口にも立っていない、とも言ってましたが、何を聞いてきたのですかね。
  • 2013-05-04 20:29
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C320]

汝はこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。(観経 )


この意味わかってます?
韋提希に対して、お前は心想羸劣の者だから、定善はできない、と釈尊が仰ったのですが。

できないと仰りながら勧められた、とは奇異なことを言われますね。

韋提希も定善をしようと試みてもいませんけど。

真面目に観経を読んでみては如何ですかね。
  • 2013-05-04 20:33
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C321]

>定善散善いらないと言う人は、釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょう。


こんなことを言っていいのですか?

源信僧都は往生要集に

極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得

と仰ってますが。
親鸞聖人は、正信偈に

極重の悪人はただ仏を称すべし

と仰ってますが。

蓮如上人は正信偈大意に

「極重悪人唯称仏」といふは、極重の悪人は他の方便なし、ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得よといへる文のこころなり。

と仰ってますが。

「他の方便なし」って、定散二善が要らないってことですけど。

ついでに法然上人は選択集に

この三品は、尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めずといへども、臨終の時はじめて善知識に遇ひてすなはち往生を得。

と、下品の三生は、善どころか平生に仏教も聞かないのに、臨終になってはじめて善知識から念仏を勧められて往生するのだ、と教えられていますけど。


これらすべて観経に説かれていることを善知識方がまとめられたものですが、善知識方は釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょうかね。
  • 2013-05-04 20:43
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C323] Re: ・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?

冨田様

一連のコメントに対する返事は
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-179.html
にてまとめて書きました。
  • 2013-05-04 23:04
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/tb.php/172-ebdcbcff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

根拠のある話と根拠のない話

親鸞会の会員さんは、高森会長に間違いないと堅く堅く信じています。それが、信じているだけ、思い込んでいるだけということに気がつかないくらいの堅い信心です。

「高森先生がそのように言われたのだからそうなのだ」と覚え込み、それを他人にも話をしています。決して、理解しているのではありません。覚え込んでいるだけです。覚えたことをそのまま他人に話をしているだけです。ですから、会員さんの話は、まるでテープレコーダーのように皆同じです。

自らが聞いていること、また話していることが、親鸞聖人や善知識方のお言葉に合致しているのかどうか自分で判断することはありません。自分で勝手にお聖教を解釈してはいけないということが徹底されているからです。また、善知識方のお言葉に触れるのはせいぜい『教学聖典』に掲載されているお言葉だけでは、他は何も知りません。お聖教を通して拝読することをしないからです。

そのような会員さんですが、親鸞会や高森会長が批判されているということを聞く機会もあります。しかし、批判の内容を聞かされると同時に、それに対する模範回答も与えられます。そうすると、模範回答を覚え込むのみで、自ら思考することはありません。だから、本当は何が批判されていて、それについてお聖教上ではどのように教えられているのかを知ることはありません。

しかし、高森会長の説く教えが、親鸞聖人の教えに合致しているかどうかは、お聖教上のお言葉によってしか判定できません。どうしても、自分でお聖教を拝読する必要があるのです。

(1)まず、高森会長の説くことに対応するお聖教上のお言葉が存在するのかどうかが大事です。お聖教上のお言葉が存在しなければ、それは「高森会長の教え」であって、親鸞聖人の教えではありません。
(2)次に、高森会長の説くことに対応するお聖教上のお言葉が提示されている場合、その意味が正しく説明されているかどうかが問題になります。これには、提示されたお言葉を前後も含めて拝読し、解釈が妥当かどうかを検討する必要があります。高森会長が意味を誤って説明しているならば、それも「高森会長の教え」であって、親鸞聖人の教えではありません。

なぜこんな当然なことを書くのかと思われる方もあるかもしれませんが、親鸞会の会員さんの中には「根拠のある話」と「根拠のない話」の区別がついていない人がいるように感じられるので、このようなまわりくどいことを今回の記事では書いています。

簡単な例を挙げて説明していきます。

親鸞聖人の教えは信心為本の教え」と聞いたとします。それに対応するお聖教上のお言葉は何かといえば、『御文章5帖目10通』の
聖人(親鸞)一流の御勧化のおもむきは、信心をもつて本とせられ候ふ。
などがすぐに思いつくことでしょう。

では、「親鸞聖人の教えは平生業成の教え」の根拠は何かといえば、 『御文章1帖目4通』の
 そもそも、親鸞聖人の一流においては、平生業成の義にして、来迎をも執せられ候はぬよし、承りおよび候ふは、いかがはんべるべきや。その平生業成と申すことも、不来迎なんどの義をも、さらに存知せず。くはしく聴聞つかまつりたく候ふ。
 答へていはく、まことにこの不審もつとももつて一流の肝要とおぼえ候ふ。 おほよそ当家には、一念発起平生業成と談じて、平生に弥陀如来の本願のわれらをたすけたまふことわりをききひらくことは、宿善の開発によるがゆゑなりとこころえてのちは、わがちからにてはなかりけり、仏智他力のさづけによりて、本願の由来を存知するものなりとこころうるが、すなはち平生業成の義なり。されば平生業成といふは、いまのことわりをききひらきて、往生治定とおもひ定むる位を、一念発起住正定聚とも、平生業成とも、即得往生住不退転ともいふなり。

などが挙げられます。

当ブログでは、特に「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」であることを基軸にして、親鸞会教義の誤りを指摘し続けています。この「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」に対応するお聖教上のお言葉として、存覚上人が『教行信証』を解釈された『六要鈔』の
今家特に如来他力回向の義を立つること、専らこの文に依るなり。
などが挙げられます。

以上のように、「親鸞聖人の教えは信心為本の教え」、「親鸞聖人の教えは平生業成の教え」、「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」は「根拠のある話」です。

さて、高森会長は、「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」といい、これを大前提として話を展開します。「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」に対応するお聖教上のお言葉は存在するのでしょうか?
三願転入の御文は当然ありますが、今問題にしているのは「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」ということを示すお言葉です。
真宗聖典をくまなく調べてみれば分かりますが、そんなお言葉はどこにも存在しません。
結局、高森会長は、「根拠のない話」を大前提にしているということです。それは「高森会長の教え」であって、親鸞聖人の教えではないのです。

(なお、「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」は、大沼法龍師の著書の中の「大沼は三願転入を根基として布教している居るのだ」をもとにしていることは飛雲で既に指摘されています。)

3年前の『顕真』2月号の巻頭言には、高森会長から会員に向けた以下のメッセージが掲載されていました。

●人間の仕分けと逆謗の一機

阿弥陀仏が五劫思惟の徹底調査の末、
全人類(十方衆生)は助かる縁なき逆謗の一機と診断なされ、
その逆謗を助ける十八願を建てられたのだが、
自惚れ強い人類は自分が助かる縁なき極悪人とはユメにも思っていないのだ。

そんな我々を見抜いた弥陀が、自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために
建てられたのが十九願である、と親鸞聖人は教えられる。
その弥陀の十九の願意を開顕するために、
全人類(十方衆生)をはじめは八十一種類(八十一品)に分けられた釈迦が
『観無量寿経』では、「定善の一機」と「散善の九機」(上品上生、上品中生、
上品下生、中品上生、中品中生、中品下生、下品上生、下品中生、下品下生)
の十種類に要約されている。
『大無量寿経』にはそれをまた、上輩者・中輩者・下輩者の三種類にまとめ、
遂には弥陀が見抜いた逆謗の一機を知らせるために
種々に方便なされているのが一切経である。

自惚れ強い人類に頭から「お前たちは、みな助かる縁なき逆謗だよ」と
どれだけ教えても聞く耳全く持たないから、
全人類を八十一種類に分類したり九種類になされたり三種類に分けたりされたのは、 十方衆生は逆謗の一機である真実を知らせるための、
釈迦弥陀の善巧方便の人間の仕分けであったのである。


この文章を読んだ会員さんは、これが親鸞聖人の教えかどうかについて何の疑問を抱かないかもしれません。親鸞会では、「親鸞聖人の教え」として繰り返し教え込まれていることだからです。しかし、ここで聖教上の根拠を全く挙げずに書かれていることに注意しなければならないのです。

・「弥陀が全人類を逆謗の一機と見抜かれた」に対応するお聖教上のお言葉は?
・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?
・「全人類は助かる縁なき逆謗だ」に対応するお聖教上のお言葉は?
・「全人類を八十一種類に分類したり九種類になされたり三種類に分けたりされたのは、 十方衆生は逆謗の一機である真実を知らせるための釈迦弥陀の善巧方便」であることを教えられたお聖教上のお言葉は?


以上の4点について、
(1)対応するお聖教上のお言葉が存在するのか?
(2)親鸞会で根拠が提示されている場合、前後も含めて読んだとき、その解釈は正しいのか?

を検討してみてください。当ブログをはじめ、多くのブログで既に何度も取り上げられていることばかりです。
検討すれば、今回取り上げた『顕真』巻頭言の内容は親鸞会の会員ならば何度も聞かされていることだと思いますが、実は「根拠のない話」で、「親鸞聖人の教え」でないことが分かります。つまり、会員の皆さんは「高森会長の教え」を聞かされているだけなのです。

(なお、上記の巻頭言の文章は、「高森会長の教え」「親鸞会の教え」を貫く重要な教義ですが、以上の4点だけがおかしいのではなく、他にもおかしな点・問題点があります。)

会員の皆様が、一刻もはやく、「高森会長の教え」を離れ、正しい親鸞聖人の教えを知り、弥陀の本願に遇われることを願っております。
スポンサーサイト

コメント

[C262] 18願ご存知?

ご存知なら話は早いのですが、唯除五逆誹謗正法の理解を教えて頂きたく思います。
  • 2013-04-23 01:55
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C263] Re: 18願ご存知?

「唯除五逆誹謗正法」について、親鸞聖人は、

「唯除五逆誹謗正法」といふは、「唯除」といふはただ除くといふことばなり、五逆のつみびとをきらひ、誹謗のおもきとがをしらせんとなり。このふたつの罪のおもきことをしめして、十方一切の衆生みなもれず往生すべしとしらせんとなり。 (尊号真像銘文)

と教えられています。この親鸞聖人のお言葉の通りに理解しております。
  • 2013-04-24 01:06
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C265] ご返答ありがとうございます。

ただ除く。みなもれず。
これを矛盾と思われませんか?
私は矛盾していると思います。
しかし、他力の信心を得た人は、ただ除くとは私の事であった、みなもれずの「みな」とあるけれど私の事であった、と知らされる、二つの矛盾した事が同時に知らされる。と私は聞いております。
  • 2013-04-24 23:48
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C266] 言葉足らずといいますか、文章足らずといいますか、申し訳ありません。

弥陀が全人類を逆謗の一機と見抜かれたお言葉と有ったので、18願ご存知?というご質問をしました。
唐突に質問して申し訳ありませんでした。
  • 2013-04-25 00:09
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C267] きちがいかと思われるかもしれませんが

弥陀は十方衆生と約束され、その十方衆生を五逆誹謗正法と見抜かれ、それが18願に書かれた根拠だと聞いております。

問題は唯除だと思って、先ほどの投書になりました。
論点ずれてしまって申し訳ありません。
  • 2013-04-25 00:28
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C268] 根拠が無いと言われる事に関して

平生業成という言葉は親鸞聖人が初めて言われたお言葉と聞いております。
また、親鸞聖人は廃師自流と非難されました。
教行信証は八割が根拠、二割が親鸞聖人のお言葉と聞いております。間違っていたら申し訳ありません。
親鸞聖人の教えでなく、先生の教えと言われても・・・
当時の親鸞聖人の心境と先生の心境と重なりを感じます。
私がはっきりしている事は、後生不安な心を抱えていた時は弥陀の本は当然の如く疑い一杯だったですし、先生のお話は、疑問有りながら聞いていました。
今は後生はっきりしているので弥陀の本願に疑いようが無いし、弥陀の本願有る事を教えて下さった先生を疑いようがありません。
今でも先生のお話聞いていて疑問に思う事はありますが、弥陀の本願に疑い無いから・・・先生がどうしてそなような話され方をされたのか、その心を機会が有れば教えて頂きたい・・・という感じです。
言葉変えれば教義、学問の分野にしか過ぎません(言葉悪いですけど・・・あくまでも今の私の弥陀から頂いた信心と比べれば)。
逆にお尋ねしたいですね、親鸞聖人が平生業成と言葉を作られた聖人の教え、と釈迦の教えの類似点、又相違点。親鸞聖人が廃師自流と言われた理由をどう理解されているのか。
長々とすいません、思ったままを書いてしまいました。
  • 2013-04-25 01:31
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C271] Re: 根拠が無いと言われる事に関して

冨田 信様

このコメントに対する返信として記事を書きました。
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-174.html

他のコメントに対しては、後日返事を書きます。
  • 2013-04-26 02:28
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C276] 機の深信

十方衆生を五逆誹謗正法と見抜かれ、18願を根拠にだした思いの中に・・・

教行信証に
自身は現に是れ罪悪生死の凡夫、広劫よりこのかた、常に没し常に流転して、出離の縁あることなし
とあります。

十方衆生=自身=善導=親鸞(すべての人とはあるけれど私のことであった)
五逆正法誹謗=罪悪生死の凡夫

唯除=出離の縁あること無し

と重なります。
故に18願を根拠として、18願読んでも弥陀の本心わからないから、機の深信で善導大師はその時代の人々に、親鸞聖人はその時代の人々に分かるように18願を解説されたと思います。
  • 2013-04-26 17:05
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C278]

こちらの件も、先ほどのコメントと同じですから、そちらと以下をあわせて読んでみてください。
すべて破邪されています。

http://sinrankaix.exblog.jp/16839999/
  • 2013-04-26 21:18
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C280] Re: 機の深信

この記事に対する返信は長文になりましたので、以下の記事にしました。
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-176.html
よろしくお願いします。
  • 2013-04-27 02:30
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

[C311] 三願転入は親鸞聖人の教えの根基

『観経』の三心をえてのちに、『大経』の三信をうるを、一心をうるとはもうすなり。

このご文を観経に説かれている三心を翻して、大経に説かれる三信心をうるを一心をうる。と、ある方々は試訳されています。

「えてのちに」と「翻して」が合わないように私は思ったのですが、
親鸞聖人、浄土和讃に
定散諸機格別の 自力の三心ひるがえし 如来他力の信心に 通入せんとねがうべし

と書かれていますから、ある方々は「えてのちに」を「翻して」と現代語訳されたと思います。

至心発願欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける

至心回向欲生と 十方衆生を方便し 名号の真門ひらきてぞ 不果遂者と願じける

至心信楽欲生と 十方衆生をすすめてぞ 不思議の誓願あらわして 真実報土の因とする 

この五和讃は?
  • 2013-05-04 10:50
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C312] 三願転入の御文は当然ありますが

当然ありますが・・・といわれていますが、
「当然」といいつつ、三願転入の親鸞聖人のお言葉を他人事として読まれているのですか?
  • 2013-05-04 11:05
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C313] 三願転入は親鸞聖人の教え

三願転入は阿弥陀仏が作られた他力回向と、他力に帰するまでの道のりです。

当ブログでは、特に「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」であることを基軸にして

とありますが、すべての人が他力回向となるのは・・・疑問だらけです。

明確にしていただけたら幸いです。

ちなみに、すべての人とは地球上すべての人と思いますが。
  • 2013-05-04 11:15
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C314] 飛雲より

しかし、三願転入とはいいながら親鸞会で説いていることは19願のことだけです。飛雲より

この発言誰?
19願のことだけです。
と言い切っていますが・・・何聞いてるの?寝てたんじゃないの?
  • 2013-05-04 11:22
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C315] ・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?

臨終現前の願により
釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして
定散諸機をすすめけり

汝はこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。観経

心想羸劣とみぬかれ定善散善を勧められています。

何故でしょう?
釈迦は他力回向直球で勧められなかった訳は?

皆さん各々の定善散善やられてみたら各々が分かる事です。

定善散善いらないと言う人は、釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょう。
  • 2013-05-04 11:59
  • 冨田 信
  • URL
  • 編集

[C317]

至心発願欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける

この次の御和酸を知っていますか?


臨終現前の願により
 釈迦は諸善をことごとく
 『観経』一部にあらはして
 定散諸機をすすめけり


釈迦は諸善を「定散諸機」に勧められた

わかりますか?

「逆悪の機」に勧められたではないです。

「逆悪の機」とは、観経の下品上生・下品中生・下品下生のこと。

「定散諸機」とは、定善の機・上品上生~中品下生までのこと。
  • 2013-05-04 20:21
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C318]

三願転入をそのまま読みましょう。


七高僧方のお導きにより、19願を捨てて離れた、ですね。
七高僧方のお導きにより、19願を勧められ実践した、ではないです。


親鸞聖人は、自分は19願に迷ってきたが、七高僧方のお導きによって、19願に迷っていたのを脱した、と仰って、皆さんも19願に迷うなよ、と仰っているのですが。


どこをどう読んだら、19願を勧められた、19願を通れ、と仰ったお言葉と読めるのですか?
  • 2013-05-04 20:26
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C319]

2000畳の相当前の方で、長らく会長の話を聞いてきましたが、会長の話は19願だけでしたね。

18願はおまけのようなもの。20願に至っては19願を通過してからだから関係ないとの態度でしたけど。

キミたちは、19願の入り口にも立っていない、とも言ってましたが、何を聞いてきたのですかね。
  • 2013-05-04 20:29
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C320]

汝はこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。(観経 )


この意味わかってます?
韋提希に対して、お前は心想羸劣の者だから、定善はできない、と釈尊が仰ったのですが。

できないと仰りながら勧められた、とは奇異なことを言われますね。

韋提希も定善をしようと試みてもいませんけど。

真面目に観経を読んでみては如何ですかね。
  • 2013-05-04 20:33
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C321]

>定善散善いらないと言う人は、釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょう。


こんなことを言っていいのですか?

源信僧都は往生要集に

極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得

と仰ってますが。
親鸞聖人は、正信偈に

極重の悪人はただ仏を称すべし

と仰ってますが。

蓮如上人は正信偈大意に

「極重悪人唯称仏」といふは、極重の悪人は他の方便なし、ただ弥陀を称して極楽に生ずることを得よといへる文のこころなり。

と仰ってますが。

「他の方便なし」って、定散二善が要らないってことですけど。

ついでに法然上人は選択集に

この三品は、尋常の時ただ悪業を造りて往生を求めずといへども、臨終の時はじめて善知識に遇ひてすなはち往生を得。

と、下品の三生は、善どころか平生に仏教も聞かないのに、臨終になってはじめて善知識から念仏を勧められて往生するのだ、と教えられていますけど。


これらすべて観経に説かれていることを善知識方がまとめられたものですが、善知識方は釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょうかね。
  • 2013-05-04 20:43
  • 脱会者
  • URL
  • 編集

[C323] Re: ・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?

冨田様

一連のコメントに対する返事は
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/blog-entry-179.html
にてまとめて書きました。
  • 2013-05-04 23:04
  • いつもの元会員
  • URL
  • 編集

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/tb.php/172-ebdcbcff
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

プロフィール

いつもの元会員

Author:いつもの元会員
名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

最新記事

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。