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[C331] 結局

>何故でしょう?
>釈迦は他力回向直球で勧められなかった訳は?

釈迦存命中なら、自ら方便で容易く往生させることができるのに、なぜ念仏を勧めるんですか?
正法・像法・末法の区別もつかないんですかね?

>皆さん各々の定善散善やられてみたら各々が分かる事です。

「出離の縁あることなし」なのだから、おカネをとっていればいいと思います、高森サンは。
  • 2013-08-27 22:02
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[C340] ありがとうございます。

親鸞会にマインドコントローされている近しい者になんとか少しでも早く戻ってきて欲しいと願っているものです。このようなサイトを作って頂き、本当にありがとうございます。

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根拠のある話と根拠のない話ー「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」という主張について

冨田信さまより、「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」、「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」という親鸞会の主張についてコメントを多数頂きました。コメントを引用しつつ、返事を致します。また、コメントを頂いた脱会者様、ありがとうございました。

[311] 三願転入は親鸞聖人の教えの根基

『観経』の三心をえてのちに、『大経』の三信をうるを、一心をうるとはもうすなり。

このご文を観経に説かれている三心を翻して、大経に説かれる三信心をうるを一心をうる。と、ある方々は試訳されています。

「えてのちに」と「翻して」が合わないように私は思ったのですが、
親鸞聖人、浄土和讃に

定散諸機格別の 自力の三心ひるがえし 如来他力の信心に 通入せんとねがうべし

と書かれていますから、ある方々は「えてのちに」を「翻して」と現代語訳されたと思います。

至心発願欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門ひらきてぞ 現其人前と願じける

至心回向欲生と 十方衆生を方便し 名号の真門ひらきてぞ 不果遂者と願じける

至心信楽欲生と 十方衆生をすすめてぞ 不思議の誓願あらわして 真実報土の因とする 

この五和讃は?
2013-05-04 10:50 冨田 信 URL 編集
(管理人注:五和讃→御和讃の誤記だと思います)


一番最初に申しあげておきますが、親鸞会は「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」と主張してますが、それを示されたお聖教上のお言葉を一切提示していないので、「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」という主張には根拠がないと私は述べています。

このコメントに挙げられた3首の御和讃は、それぞれ願文に沿って19願、20願、18願の内容を説明されたもので、どこにも「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」を意味する文言はありません。よって、これらの御和讃は「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」の根拠にはなっていません。

それぞれの御和讃について簡単に触れておきますと、親鸞聖人は頭註に、

「十九(じゅうく)の願のこころ、諸行往生なり」
「二十の願のこころなり、自力の念仏を願じたまへり」
「本願のこころ、第十八の選択本願なり」


と書かれており、このお言葉に基づけば、「19願は、諸行往生を誓われた願」だということです。つまり、
「19願の善(定散二善)を勧める」=「諸行往生を勧める」
です。親鸞聖人が諸行往生を勧めておられないことは、ご存知だと思いますので、19願の善(定散二善)の勧めは親鸞聖人において存在しないこともご理解頂けると思います。

さらに、『浄土和讃』大経讃では、これらの御和讃の直後に、

安楽浄土をねがひつつ 他力の信をえぬひとは
仏智不思議をうたがひて 辺地・懈慢にとまるなり


とあり、浄土往生を願いながら他力の信心をえない19願、20願の人は、仏智不思議を疑う罪で化土にとどまることが述べられてあり、19願、20願にいる人を誡められています。

「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」の根拠になっていないどころか、19願の善(定散二善)のすすめもどこにもないことを理解して頂ければと思います。

[312] 三願転入の御文は当然ありますが
当然ありますが・・・といわれていますが、
「当然」といいつつ、三願転入の親鸞聖人のお言葉を他人事として読まれているのですか?
2013-05-04 11:05 冨田 信 URL 編集


元の記事の文章を部分的に読むのではなく、前後も読んで下さい。

高森会長は、「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」といい、これを大前提として話を展開します。「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」に対応するお聖教上のお言葉は存在するのでしょうか?
三願転入の御文は当然ありますが、今問題にしているのは「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」ということを示すお言葉です。
真宗聖典をくまなく調べてみれば分かりますが、そんなお言葉はどこにも存在しません。
結局、高森会長は、「根拠のない話」を大前提にしているということです。それは「高森会長の教え」であって、親鸞聖人の教えではないのです。


問題にしているのは「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」ということを示す根拠であり、それが存在しないことを指摘していることがご理解頂けないのでしょうか?

なお、三願転入の御文では、

ここをもつて愚禿釈の鸞、論主の解義を仰ぎ、宗師の勧化によりて、久しく万行諸善の仮門を出でて、永く双樹林下の往生を離る。(化身土文類)

と、親鸞聖人は「七高僧の教化によって、19願を離れた」と仰っているのに、それに反して19願の善(定散二善)をすすめている親鸞会は、三願転入の御文もないがしろにしているということを指摘しておきます。

[313] 三願転入は親鸞聖人の教え
三願転入は阿弥陀仏が作られた他力回向と、他力に帰するまでの道のりです。

当ブログでは、特に「親鸞聖人の教えは他力回向の教え」であることを基軸にして

とありますが、すべての人が他力回向となるのは・・・疑問だらけです。

明確にしていただけたら幸いです。

ちなみに、すべての人とは地球上すべての人と思いますが。
2013-05-04 11:15 冨田 信 URL


何を明確にすればよいのか冨田さんの文章から読み取れませんでした。すれ違いがあるかもしれませんが、こういうことを聞かれているのではないかという想像でお答えします。

本願成就の南無阿弥陀仏の名号は、迷いの世界の衆生を招喚し続けています。親鸞聖人が、

弥陀・観音・大勢至 大願のふねに乗じてぞ
生死のうみにうかみつつ 有情をよばうてのせたまふ(正像末和讃


等と仰っている通りです。ここで、「よばうて」が喚びつづけてという意味です。ですから、その本願の名号を計らいを雑えずに聞くか否かで、往生の得否は定まります。

私が求めるよりも先に、弥陀の方から喚びづくめです。その「我にまかせよ(南無)必ず助ける(阿弥陀仏)」と招喚されつつある本願の名号を計らいを雑えずに聞き受けることを、蓮如上人は、
「後生たすけたまへと一心に弥陀をたのめ」
と勧めていかれました。

[314] 飛雲より
しかし、三願転入とはいいながら親鸞会で説いていることは19願のことだけです。飛雲より

この発言誰?
19願のことだけです。
と言い切っていますが・・・何聞いてるの?寝てたんじゃないの?
2013-05-04 11:22 冨田 信 URL 編集


冨田さんは、飛雲を読んでいるようですね。
飛雲の内容については、飛雲のコメント欄で質問するのが適切です。脱会者さんが、

2000畳の相当前の方で、長らく会長の話を聞いてきましたが、会長の話は19願だけでしたね。
18願はおまけのようなもの。20願に至っては19願を通過してからだから関係ないとの態度でしたけど。
キミたちは、19願の入り口にも立っていない、とも言ってましたが、何を聞いてきたのですかね。


とコメントを返されましたが、冨田さんはいかがですか?
私も会長が黒板に縦の線と横の線を書いた上で、黒板の隅を指して「この軌道にのるのが大変」「黒板外」「コンマ以下」と話したのを何度も聞いていますが。。。

[315] ・「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」と教えられた親鸞聖人のお言葉は?
臨終現前の願により
釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして
定散諸機をすすめけり

汝はこれ凡夫なり。心想羸劣(しんそうるいれつ)にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。観経

心想羸劣とみぬかれ定善散善を勧められています。

何故でしょう?
釈迦は他力回向直球で勧められなかった訳は?

皆さん各々の定善散善やられてみたら各々が分かる事です。

定善散善いらないと言う人は、釈迦のみ教えを聞き誤っているのでしょう。
2013-05-04 11:59 冨田 信 URL


「イダイケ夫人に定散二善を勧められた」という親鸞会の見解が根本的に誤っております。『観経』を拝読すれば明らかなことですが、釈尊はイダイケに対して定散二善は勧められてはいません。このことは既に、「イダイケ夫人と定善」の記事に『観経』を引用して書きましたので参照して下さい。

イダイケ夫人が定善をやっていないし、やろうともしていないことは、『二十一世紀の浄土真宗を考える会』観無量寿経のこころ その1 定善に簡潔にまとめられているので、本記事ではそちらを引用します。

韋提希夫人は定善をやってもいませんし、やろうともしていません。

【理由】
1.韋提希夫人は釈尊に「世尊、わがごときは、いま仏力をもつてのゆゑにかの国土を見る。もし仏滅後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかんしてか、まさに阿弥陀仏の極楽世界を見たてまつるべき」とお願いして、その答えとして釈尊は定善を説かれました。
 つまり「私はお釈迦様のおかげで浄土を見ることができましが、未来の衆生はどうすれば見ることができるのでしょうか」と質問しているのですから、既に浄土を見た韋提希夫人にとって、定善をする必要はありません。
2.そもそも、韋提希夫人には定善はできません。
 日想観をやろうとしてできなかった韋提希夫人に水想観、地想観・・・と順番に易しくして導かれたと勘違いしている人がいますが、上に述べたように、定善十三観の中心は第九真身観です。
 日想観は雑想観とともに一番易しい方に入ります。
 もし韋提希夫人がやろうとしてできないために、他の定善をすすめられたとするならば、それはちょうど、4段の跳び箱を飛べない子供に、「では5段をやってみなさい」「そうかできないか、では6段をやってみなさい」「では7段」「8段」・・・と言う体育の先生のようなもので、いるはずがないのです。


また、冨田さんは『浄土和讃』を根拠に挙げていますが、この中の「定散諸機をすすめけり」は、定善の機には定善を、散善の機には散善を勧められたという意味で、五逆謗法の者に定散二善を勧められたのではありません

『観経』を拝読すれば分かることですが、どの機にどのような善が対応するのかは、

定善の機ー定善
上品上生・上品中生・上品下生ー行福(散善)
中品上生・中品中生ー戒福(散善)
中品下生ー世福(散善)


です。このことを親鸞聖人は、

臨終現前の願により 釈迦は諸善をことごとく
観経一部にあらわして 定散諸機をすすめけり (浄土和讃)


と仰ったのです。下品上生・下品中生、そして五逆謗法の者は下品下生に相当しますが、『観経』にも、七高僧の教えにも、親鸞聖人の教えにも、下品に定散二善を勧められたという教説は存在しません。これについては脱会者さんがコメントにて根拠を多数挙げました。さらに他のお言葉には、

極悪深重の衆生は 他の方便さらになし
ひとへに弥陀を称してぞ 浄土にうまるとのべたまふ (『高僧和讃』源信讃


とあります。「他の方便」について、親鸞聖人は「余の善、余の仏・菩薩の方便にては生死出でがたしとなり」と左訓をつけられています。極悪深重の衆生、すなわち下品下生(=冨田さんがこだわっている五逆謗法の者)に対して、余の善に該当する定散二善の勧めはないのです。

以上、「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」についての冨田さんのコメントについて述べましたが、冨田さんの挙げた根拠はそのことを示す根拠にはなっておりません。そもそもイダイケ夫人にも、五逆謗法の者にも、定散二善を勧められていないのですから。

「三願転入は親鸞聖人の教えの根基」
「自惚れ心を打ち砕き真実の機を知らせるために建てられたのが十九願である」
という主張は、「根拠のない話」です。
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[C331] 結局

>何故でしょう?
>釈迦は他力回向直球で勧められなかった訳は?

釈迦存命中なら、自ら方便で容易く往生させることができるのに、なぜ念仏を勧めるんですか?
正法・像法・末法の区別もつかないんですかね?

>皆さん各々の定善散善やられてみたら各々が分かる事です。

「出離の縁あることなし」なのだから、おカネをとっていればいいと思います、高森サンは。
  • 2013-08-27 22:02
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[C340] ありがとうございます。

親鸞会にマインドコントローされている近しい者になんとか少しでも早く戻ってきて欲しいと願っているものです。このようなサイトを作って頂き、本当にありがとうございます。

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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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