Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/tb.php/204-9e9a321f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

親鸞聖人の書き残された体験と親鸞会で話される体験発表の相違について

私が親鸞会に在籍している間、高森会長の法話の前に、午前、午後と講師部員による体験発表(随行文の発表)が行われていました。今年の『顕真』5月号にも、私の退会後、講師部員になった人の随行文が掲載されていましたので、現在も体験発表が続いているのだと思います。

体験発表とは、講師部員になった人が、「なぜ親鸞聖人のみ教えに人生をかける決意をしたのか」を発表するものです。概ね、
(1)人生に対して疑問を感じていたこと、
(2)高森会長に出あい、人生の目的を知らされたこと、
(3)この人生の目的を、人にお伝えする講師部員として生き抜くことに心が定まったこと
という流れで話がなされます。
また、報恩講などの特別な行事では、講師部員でなく、一般の会員が体験発表をしますが、そこで語られることも、親鸞会にあうまでの人生の遍歴と、高森会長にあって人生の目的を知らされたということです。

このような体験発表から、高森会長が説くこととは、端的にいうと、「人生の目的」であることが分かります。

ここで、高森会長の説くことと、親鸞聖人の教えの相違を知るために、親鸞聖人の書き残された体験を見てみたいと思います。

御自身のことをほとんど書き残されなかった親鸞聖人が、唯一、『教行証文類』後序において、暦も挙げて、具体的な出来事、体験を述べておられます。内容としては、大きく、法然聖人及びその門下の方々に対する弾圧と、法然聖人との出遇いですが、今は後者を引用します。

しかるに愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、雑行を棄てて本願に帰す。
元久乙丑の歳、恩恕を蒙りて『選択』を書しき。
同じき年の初夏中旬第四日に、「選択本願念仏集」の内題の字、ならびに「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」と「釈綽空」の字と、空の真筆をもつて、これを書かしめたまひき。
同じき日、空の真影申し預かりて、図画したてまつる。
同じき二年閏七月下旬第九日、真影の銘は、真筆をもつて「南無阿弥陀仏」と「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」(往生礼讃)の真文とを書かしめたまふ。
また夢の告げによりて、綽空の字を改めて、同じき日、御筆をもつて名の字を書かしめたまひをはんぬ。本師聖人(源空)今年は七旬三の御歳なり。
『選択本願念仏集』は、禅定博陸[月輪殿兼実、法名円照]の教命によりて撰集せしめるところなり。
真宗の簡要、念仏の奥義、これに摂在せり。見るもの諭り易し。
まことにこれ希有最勝の華文、無上甚深の宝典なり。年を渉り日を渉りて、その教誨を蒙るの人、千万なりといへども、親といひ疎といひ、この見写を獲るの徒、はなはだもつて難し。
しかるにすでに製作を書写し、真影を図画せり。これ専念正業の徳なり、これ決定往生の徴なり。
よりて悲喜の涙を抑へて由来の縁を註す。

(現代語訳)
ところでこの愚禿釈の親鸞は、建仁元年に自力の行を捨てて本願に帰依し、
元久二年、源空上人のお許しをいただいて『選択集』を書き写した。
同年四月十四日には、「選択本願念仏集」という内題の文字と、「南無阿弥陀仏 浄土往生の正しい行は、この念仏にほかならない」というご文、並びに「釈綽空」というわたしの名を、源空上人が自ら書いてくださった。
また同じ日に、源空上人の絵像をお借りしてそれを写させていただいた。
同じ元久二年の閏七月二十九日、その写した絵像に銘として、「南無阿弥陀仏」の六字の名号と、「本願には、<わたしが仏になったとき、あらゆる世界の衆生がわたしの名号を称え、わずか十回ほどの念仏しかできないものまでもみな浄土に往生するであろう。もしそうでなければわたしは仏になるまい>と誓われている。その阿弥陀仏は今現に仏となっておられるから、重ねて誓われたその本願はむなしいものではなく、衆生が念仏すれば、必ず浄土に往生できると知るべきである」と述べられている『往生礼讃』の真実の文を、源空上人が自ら書いてくださった。
また、わたしは、夢のお告げをいただいて、綽空という名をあらためて善信とし、同じ日に、源空上人はその名を書いてくださった。この年、源空上人は七十三歳であった。
『選択集』は、関白九条兼実公の求めによって著されたものである。
浄土真実の教えのかなめ、他力念仏の深い思召しがこの中におさめられていて、拝読するものは容易にその道理に達することができる。
まことに、たぐいまれなすぐれたご文であり、この上なく奥深い教えが説かれた尊い書物である。長い年月のうちに、源空上人の教えを受けた人は数多くいるが、親疎を問わず、これを書き写すことを許されたものはごくわずかしかいない。
それにもかかわらず、わたしは、すでにその書物を書き写させていただき、その絵像も写させていただいた。これは念仏の道を歩んできたことによる恵みであり、往生が定まっていることのしるしである。
よって、喜びの涙を押えて、その次第を書き記すのである。

ここに、本願に救い摂られたこと、法然聖人から、『選択集』や法然聖人の絵像の書写を許された喜びなどが書き記されています。
また、「選択本願念仏集」、「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」、「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」、「念仏の奥義」、「専念正業の徳」ということから、親鸞聖人が、法然聖人から教えられたこと、喜ばれていたことは、一言で言えば、「念仏の教え」であったといってよいでしょう。
そして、親鸞聖人は、法然聖人の明らかにされた「選択本願念仏の教え」こそが、万人を速やかに成仏せしめる浄土真実の教えであることを顕かにするために、『教行証文類』を書き残されたのでした。

このような親鸞聖人の体験文の内容に対して、親鸞会の体験発表の内容はどうでしょうか?
私は、親鸞会に、約11年間在籍しましたが、体験発表で、「お念仏の教え」に出遇えた喜びを語る人は皆無でした。
このようなところからも、法然・親鸞両聖人と、高森会長では、説いている内容が全く異なることを知ることができます。

そして、親鸞会の体験発表においては、「念仏さえ称えていれば死んだらお助け」と寺では聞いてきたが、親鸞会で初めて、親鸞聖人の教えは信心一つで助かる教えであると聞けたというように、念仏は否定的に語られていたように思います。しかし、信心一つと説いてはいても、親鸞会では、その信心とはいかなるものかが、誤って教えられています。その誤りの一つが、念仏と信心の関係です。

上の後序のお言葉の中には、『往生礼讃』の「若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現在成仏 当知本誓重願不虚 衆生称念必得往生」(<もしわれ成仏せんに、十方の衆生、わが名号を称せん、下十声に至るまで、もし生れずは正覚を取らじ〉と。かの仏いま現にましまして成仏したまへり。まさに知るべし、本誓重願虚しからず、衆生称念すればかならず往生を得)のお言葉が書かれていました。

このお言葉でいえば、「衆生称念すればかならず往生を得」と信知している状態(疑いを雑えずに聞きいれていること)が、信心です。

念仏と信心を切り離して捉えて、信心だけを追い求めている会員さんは、一度立ち止まって、親鸞聖人は、法然聖人から「念仏の教え」を聞かれたという事実に目を向けるとよいかと思います。
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

コメント

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://shinrankaikansatu.blog133.fc2.com/tb.php/204-9e9a321f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Appendix

プロフィール

Author:いつもの元会員
名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

最新記事

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。