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「できないままを無条件で救う」けど、「できない」ことが知らされない限りはダメ(条件付き)なんでしょうね
ツッコまれたからそこのフレーズだけ省いたけど、実質何も変わってないと思います

[C14]

仰る通り、実質は何も変わっていないと思います。

「できないことが知らされなければ」という条件など、さまざまな条件をつけた説き方をしていることに、はやく会員の皆様に気が付いてもらいたいです。
  • 2010-06-09 22:46
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「できないとき」が省かれました

親鸞会ホームページに三願転入は弥陀のお計らいという記事がありました。

一部分引用します。

「どんな人をも、必ず絶対の幸福に救う」と誓われた十八願は、自らの意(本心)に随って建てられたもの。ゆえに随自意(ずいじい)の願とか、王本願といわれる。

 なにしろ、昿劫流転(こうごうるてん)の自惚れ強く、相対の幸福しか知らない我々を、絶対の幸福(※2)まで導くことは、難中の難事、善巧方便(ぜんぎょうほうべん※3)が不可欠だったのだ。

※2:絶対の幸福…親鸞会公式ホームページ「絶対の幸福とは、どんなことか」参照
※3:方便…親鸞会公式ホームページ「方便とはどんなことか」参照
 十九・二十の二願は、そのために、阿弥陀仏が建立なされたものである。十八願、絶対界へ導くために、しばらく我々(他)の意に随って誓われたものだから、十九・二十を、随他意(ずいたい)の願といわれる。

 強情我慢で自惚れ強く、自力の執着から離れ切れず、流転を重ねる我々に、できるかできぬかやってみよ、気の済むまでやってみよ(十九・二十の随他意の願)。

 できないままを、無条件で救い摂る(十八の随自意の願)のが、弥陀の正意なのである。

 随自意、真実の願に誘引するための、随他意、方便の願だから、三願は孤立したものでないことを開顕なされたのが親鸞聖人の『教行信証』である。弥陀が、十八願のみで救済できるなら、方便二願を建てられるはずがない。



この部分は、『本願寺なぜ答えぬ』の誤り(1)ー条件付き十八願で、引用した『本願寺なぜ答えぬ』の文章と大部分同じですが、その記事で指摘した
「できないときに、できないままを、無条件で救いとる(十八の随自意の願)というのが、弥陀の正意なのだ」の「できないとき」が省かれています。


このホームページの記事は、顕正新聞6月1日号の論説だったと思いますが、新聞を書いている人はここ見ているのかな???
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「できないままを無条件で救う」けど、「できない」ことが知らされない限りはダメ(条件付き)なんでしょうね
ツッコまれたからそこのフレーズだけ省いたけど、実質何も変わってないと思います

[C14]

仰る通り、実質は何も変わっていないと思います。

「できないことが知らされなければ」という条件など、さまざまな条件をつけた説き方をしていることに、はやく会員の皆様に気が付いてもらいたいです。
  • 2010-06-09 22:46
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