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[C216] せんちゃく

パク森会会員よ
ペテンはげを  閣(さしお)き
ウソぶたを    抛(なげう)ち
サギ糞を     傍(かたわ)らにし
そして、正道に帰せ

  • 2011-11-01 03:20
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「選び抜かれた最短の道」の誤解

高森顕徹著『光に向かって123のこころのタネ』54頁より引用。

選び抜かれた最短の道が、

善知識方の
教えである。


会員時代に覚えた高森会長の言葉の一つです。あのころは、「選び抜かれた最短の道」とは「三願転入の教え」のことだと思い込まされていました。

しかし、その理解は間違いでした。


仏教の目的は、「成仏」。換言すれば、「生死を離れること」です。
ですから、最短の道とは、「成仏」の最短の道、生死を離れる最短の道のことでしょう。

その「速やかに生死を離れる道」を、親鸞聖人は、『行文類』に『選択本願念仏集』の結論ともいうべき「三選の文」を引文されて教えられています。

それすみやかに生死を離れんと欲はば、二種の勝法のなかに、しばらく聖道門を閣きて、選んで浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲はば、正・雑二行のなかに、しばらくもろもろの雑行を抛ちて、選んで正行に帰すべし。正行を修せんと欲はば、正・助二業のなかに、なほ助業を傍らにして、選んで正定をもつぱらにすべし。正定の業とはすなはちこれ仏の名を称するなり。称名はかならず生ずることを得。仏の本願によるがゆゑに。

高森会長も、このお言葉が重要なお言葉であることを知っているのか、『世界の光 親鸞聖人』のアニメ第2部で親鸞聖人が『選択集』の書写をしている場面で、親鸞聖人が書写しているのはこの「三選の文」です。しかし、親鸞会には10年以上所属していましたが、高森会長より、なぜか「三選の文」についての解説を一度も聞いたことはありません。

さて、上のお言葉ですが、「すみやかに生死を離れんと欲はば」とはじまることから分かるように、速やかに生死を離れようとしている人に対して、こうしなさいと教えられたお言葉です。まさに、「生死を離れる最短の道」を示されたお言葉なのです。「三選の文」の意味は以下のようになります。

速やかに生死を離れようと思うならば、この穢土でさとりの完成を求める聖道門と、浄土に往生してさとりを完成しようとする浄土門との二門があるなかで、しばらく聖道門をさしおいて、選んで浄土門に入って往生することを求めなさい。浄土門に入ろうと思えば、経典には往生の行として正行と雑行という二種の往生行が説かれているが、本来は聖道門の行であった非往生行を往生行に転換しているような雑行を抛て、もともと往生の行である正行を選んで修行しなさい。その正行に読誦、観察、礼拝、称名、讃嘆供養という五種の行があります。しかし、阿弥陀仏の名号を称える称名以外の四行は、称名するところに自然に付き随ってくる助業です。それに引き替え、阿弥陀仏が第十八願において一切の衆生が必ず往生することができる決定往生の行として選び定められた正定業は、第四の称名だけです。ですから正行を実践しようとするならば、助業を傍らにさしおいて、専ら正定の業である称名念仏だけを行うようにしなさい。称名すれば必ず往生することができます。阿弥陀仏が本願においてそのように選び定めていてくださるからです。
『念仏と流罪 承元の法難と親鸞聖人』(梯實圓他著 本願寺出版社)33-34頁から引用


厳しい二者択一を三度迫り、「もっぱら正定業を修めよ」と他力念仏一つが勧められています。
つまり、速やかに迷いの世界を離れようと思う人に対して、18願一つを勧められているのです。

往生のために修する諸善を雑行といいますが、それは「抛てよ」です。「至心・発願・欲生」の心で諸善を修める者を臨終に迎えとると誓われたのが19願です。したがって、「三選の文」の意味が理解できれば、19願を根拠に、早く弥陀の救いにあいたいならば諸善をしなさいという教えは出てきようがないことがお分かり頂けると思います。


この厳しい法然聖人の「選択本願念仏」のご法義に対し、聖道諸宗の人々は論難を加え、法然・親鸞両聖人は流刑にあわれました。

その聖道諸宗の人々の批判に対して、法然聖人の「選択本願念仏」のご法義を守るために、親鸞聖人は『顕浄土真実教行証文類』六巻をあらわされました。その中でも『行文類』では、七高僧のお聖教のすべてを引文され、さらには各宗派の祖師方の念仏を讃えた御文も引かれて、法然聖人から受け継がれた念仏の一行こそが、弥陀、釈迦、諸仏の本意にかなった大行であり、浄土真実の行であることを証明なされています。その大行を証明するための、経、論、釈の最後の引文が上の「三選の文」です。

そして、それに続いて、

あきらかに知んぬ、これ凡聖自力の行にあらず。ゆゑに不回向の行と名づくるなり。大小の聖人・重軽の悪人、みな同じく斉しく選択の大宝海に帰して念仏成仏すべし。

現代語訳 『聖典セミナー 教行信証 [教行の巻]』(梯實圓著 本願寺出版)249頁より

上来引用された経、論、釈の文によって、本願の念仏は、凡夫であれ聖者であれ、自らのはからいによって往生の行にしていくような自力の行ではないということが明らかにわかりました。阿弥陀仏より与えられた往生行ですから、行者のほうからは不回向の行と名づけられています。大乗の聖者も小乗の聖者も、自らの善をたのまず、また悪人も罪の重い軽いをあげつらうことなく、同じく自力のはからいを離れて、大海のような広大無辺の徳をもって一切を平等に救いたまう選択本願に帰入して、念仏し成仏すべきです。

と述べられてこの一段を結んでいかれたのでした。こうして、親鸞聖人は法然聖人から受け継がれた選択本願念仏の真実性を膨大な数の経、論、釈によって証明し、聖者も凡夫もひとしく成仏せしめる念仏の法を勧めていかれたのです。


それでは、最初の高森会長の言葉に戻りましょう。

七高僧から親鸞聖人に受け継がれた成仏の最短の道とは、阿弥陀仏の第18願の法義です。その法を親鸞聖人は「誓願一仏乗」とお示し下されたことは、
本願一乗とは(1)「一乗海の釈」
本願一乗とは(2)
本願一乗とは(3)
本願一乗とは(4) 「一乗の機教」
で述べてきた通りです。第18願の法門は、一切の衆生を速やかに成仏せしめる法門であり、それには他の法門を要しない最高の成仏道なので、「誓願一仏乗」と言われるのです。


しかし、今日、
・善をしなければ信仰はすすみませんよ
・獲信と修善はよい関係にある
・修善は獲信の因縁になる
という珍説をとなえ、成仏の最短の道を閉ざしてしまっているのが高森会長です。


親鸞会現役会員の皆さんよく考えてみてください。
法然・親鸞両聖人が命をかけて守って下された、成仏の最短の道を閉ざす人は、善知識でしょうか?悪知識でしょうか?


また、目的が一番大事ということは高森会長がいつも話をすることです。
では、親鸞会会員の皆様は、何を目的に仏教を求めていますか?

それが、生死を離れることならば、善知識方の仰る通りにさせていただきましょう。
念仏の法こそが、弥陀選択の行法であり、釈迦出世の本懐であり、諸仏証誠の法であり、七高僧・親鸞聖人のお勧めであり、その法こそが成仏の最短の道なのですから。
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

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