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[C41]

仰る通りだと思います。

私は数か月前まで学友部に所属していましたが、
質問によっては聞きたくても聞けない雰囲気、
意味がわからなくても、
深い御心があるから。
と返されるだけ。。。

退会した今は、
とても仏法を求める場ではなかったと
つくづく実感してます。

[C42]

>名無し様

退会できてよかったですね。
私も、 仏法を求める場ではなかったと実感しています。

これからは本物のご法義を求められることを念じております。
  • 2010-07-04 20:35
  • いつもの元会員
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[C43] 再度質問をしては

そのブログの作成者に、再度質問してみてはいかがでしょうか。

「取引」とは会長先生がおっしゃった言葉なので、会員のみなさんも使われているのだと思いますが、本来の「取引」という言葉の意味から考えると、そのような使い方はふさわしくないと、あなたも分かっておられるようですが、それでも使っていいものでしょうか。

どのようにお考えですか。
会長先生が使っておられるなら、言葉の意味から考えて間違っていることが明らかでも、強引に使い続けるのが、親鸞会のやり方であり、それが正しい親鸞聖人の御教えを相手にお伝えすることになるとお考えなのでしょうか。

できれば、あなたのお気持ちそのままをお答え頂けると、ありがたいです。

と、聞いてみては?


  • 2010-07-05 21:23
  • 元会員A
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[C44]

>元会員A様

コメントの文章とは異なりますが、再度、「取引き」の意味について質問しました。返信あれば報告したいと思います。
  • 2010-07-05 23:26
  • いつもの元会員
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「取引」の意味を質問してみました

降誕会ーこんな説法は「浄土真宗の破壊」ですで取り上げた「取引」という言葉について、実際に親鸞会の降誕会に参加した方にきいてみると「取引という言葉は意味が分からなかった」ということでした。

そこで、降誕会の説法内容を詳しくアップしているブログがありましたので、コメント欄で「取引」という言葉について質問してみました(会員のブログですがコメントが承認制になっていませんでした)。


『挑戦の道 in Singapore 聖人一流の章15』では、


仏法を聞くということは、ものすごいことなんです。

100万や200万円の取引きどころじゃない。

1億や2億のはした金の取引きじゃない。

釈尊が45年の一生涯説いても説き切れなかった大功徳の取引きであり、

釈尊が百千万劫かかっても説き尽せない大功徳利益の取引きです。


仏法を聞くといことは、無上甚深の功徳利益の取引きであり、

更に極まりなき大功徳を頂くための、真剣勝負の場なんです。

一座のご縁にあえず、頂けないかもしれない。

一座のご縁、一語、ひと言のご縁がなくて、頂けないかもしれない。


仏法は、1億や2億のお金で聴けるものではないんです。

そんなお金で買えるものではない。

どれほどものすごいことか、大変なことか、どれほど真剣な取引きか。

今はわからないかも知れません。



と繰り返し「取引き」という言葉を使っていました。そこで、


取引とは?
元会員の者です。

1件質問がありますので、答えて頂ければと思います。


貴ブログのこの記事では、何回も「取引」という表現を用いていますが、どのような意味でこの「取引」という言葉を用いているのでしょうか?


親鸞聖人の主著『教行信証』を拝読すれば、全て阿弥陀如来からの回向であることが繰り返し教えられています。それを踏まえると、「取引」という言葉を用いるのは、こちらから何か差し出すものがあるかのような誤解を与える危険性があると私は思います。

親鸞聖人のみ教えの根幹に関わる問題ですので、回答宜しくお願いします。



とコメントしたところ、以下の返信を頂きました。


元会員さん Re: 取引とは?
コメントありがとうございます♪

おっしゃる通り、すべてが阿弥陀仏の一人働きで、
すべて阿弥陀仏からの回向だとお聞きしています。

私から阿弥陀仏に何か差し出せるものはなにもありません。。。

なので、私が書いた 「取引き」 とは、
私が何かを差し出して、その代わりに阿弥陀仏から「南無阿弥陀仏」を頂く、
という意味ではありません。

ご指摘いただき、ありがとうございました。
今後もまた、よろしくお願いします。



残念ながら、「取引き」とは、「○○という意味ではありません」という形の回答で、「○○という意味で使いました」という回答は得られませんでした。結局のところ意味が分からずに用いているようですね。

親鸞会では、法話などで今まできいたことのない言い回しをきくと、「○○ときかせいて頂いたことが心に残りました」、「感銘を受けました」などの感想をいう人がありましたが、「取引」もその一つのようです。

意味が分からずにきいている。さらには、その言葉が、明らかに親鸞聖人の教えに反しているのにそのことに疑問をもたなくなっているのが、親鸞会会員の多くでしょう。


「会長先生がそのように言われたのだから」
「何か深い御心があってのことだろう」
と勝手に思って、思考停止してはいけません。


今回の「取引」という言葉だけではありません。
・「信仰」という言葉の意味
・「修善は往生の資助にはならないが、獲信の因縁になる」
など、意味がよく分からないが、多用されている言葉はありませんか?


教えを伝えるのは言葉によってですから、その言葉がどんな意味で使われているのかを曖昧にしておいてよい訳がありません。

分からないことは徹底的に質問すればよいではありませんか?
「信心の沙汰」が推進されているのでしょうから。。。

この「信心の沙汰」というのも言葉だけで、実態は、
・こんなことは質問できない
・こんなことをきいたら問題視される
・こんなことをきいても、こう返されるだけだからきく意味がない
・どうせまともな回答は返ってこないのだから
などと思って質問すらできないなら、もともと教えに対して不誠実な団体に所属しているということです。「真面目」に、親鸞聖人の教えを求めたいのならば、そのような団体から離れなければならないということでしょう。
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[C41]

仰る通りだと思います。

私は数か月前まで学友部に所属していましたが、
質問によっては聞きたくても聞けない雰囲気、
意味がわからなくても、
深い御心があるから。
と返されるだけ。。。

退会した今は、
とても仏法を求める場ではなかったと
つくづく実感してます。

[C42]

>名無し様

退会できてよかったですね。
私も、 仏法を求める場ではなかったと実感しています。

これからは本物のご法義を求められることを念じております。
  • 2010-07-04 20:35
  • いつもの元会員
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[C43] 再度質問をしては

そのブログの作成者に、再度質問してみてはいかがでしょうか。

「取引」とは会長先生がおっしゃった言葉なので、会員のみなさんも使われているのだと思いますが、本来の「取引」という言葉の意味から考えると、そのような使い方はふさわしくないと、あなたも分かっておられるようですが、それでも使っていいものでしょうか。

どのようにお考えですか。
会長先生が使っておられるなら、言葉の意味から考えて間違っていることが明らかでも、強引に使い続けるのが、親鸞会のやり方であり、それが正しい親鸞聖人の御教えを相手にお伝えすることになるとお考えなのでしょうか。

できれば、あなたのお気持ちそのままをお答え頂けると、ありがたいです。

と、聞いてみては?


  • 2010-07-05 21:23
  • 元会員A
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[C44]

>元会員A様

コメントの文章とは異なりますが、再度、「取引き」の意味について質問しました。返信あれば報告したいと思います。
  • 2010-07-05 23:26
  • いつもの元会員
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
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