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百年や千年聞いて獲られる信心ではない!

『飛雲』漸教と放言する親鸞会
『真偽検証』2chより転載
で先日の講師試験の問題が取り上げられていました。その問題とは、

「30年聞いても助からなかった、50年求めても獲られなかったものが此処にきて求まった」と放言する者がいるが、これらの者と次元の異なる親鸞聖人の流転の告白とその根拠を書け。

です。この問題を見ると、高森会長の『独言』にあった文章を思い出します。
高森顕徹先生の独言より引用します。

(38) その程度

「噫、弘誓の強縁、多生にも値回く、真実の浄信は、億劫に
も獲回し。遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」
                  (教行信証総序)

 永久の闇より救われた親鸞聖人の驚きと慶びである。
 五十年や百年や千年聞いて獲られる信心ではないから、たま
たま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べと教えてあるのだ。
「まだ獲信できぬのか」と言う自称信心の行者がいる。
「そんな程度の信心ならね……」と答えてあげねばならぬ。



「遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ」とは、親鸞聖人が獲信の現在から過去を振り返って、遠い過去からの阿弥陀仏のお育てを喜ばれたお言葉です。

その宿善(宿縁)という言葉の方向性を反対にして、『獲信の因縁(宿善)として善を修せよ』と現在から未来に向けた意味に使うのが親鸞会です。そういう意味では、「多生にも値回く」、「億劫にも獲回し」も未来に向かって使い、「五十年や百年や千年聞いて獲られる信心ではない」と、あたかもこれから何千年もかかって獲られる信心のように説くことは、首尾一貫しているといえば首尾一貫しています。


一方で、現役会員の皆様は、「親鸞聖人のみ教えの一枚看板は「平生業成」、「平生」とは「いま」のことだ」とも繰り返し聞いていることと思います。
阿弥陀仏は、短命の根機、いのち一刹那につづまる無常迅速の機を目当てに、一念で救うという本願を建てられていることも『口伝鈔』の
如来の大悲、短命の根機を本としたまへり。もし多念をもつて本願とせば、いのち一刹那につづまる無常迅速の機、いかでか本願に乗ずべきや。されば真宗の肝要、一念往生をもつて淵源とす。
のお言葉から聞いていると思います。


この二通りの説き方によって、「救いは一念だが、それまでは時間がかかる」と思い込まされてしまってはいませんか?
しかし、「救いは一念だが、それまでは時間がかかる」とは、結局「多念の救い」です。これは、阿弥陀仏の本願ではありません。口では「平生業成」とは言いながら、そうはなっていない説き方が多々なされている事実に早く気が付いて下さい。

阿弥陀仏は「そのまま助ける」との仰せです。
そのままですから、私に何の要求もされてはいません。
今のそのままのお助けです。

本願のこころを聞いて頂きたいと念じております。
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