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クズの時間とクズの体力とクズのお金で・・・

先日ある人と話をしていたときのことです。

ある時期の学友部の幹部会合(L1Dと言われていました)で「財施の話をする時には必ず後生の一大事の話をするように」と呼びかけられていたのは、今振り返ってみると脅しだと言われていました。

それを聞いて私が思い出したのが、遺弟の会合でM布教局長(当時)が「最近の高森先生のお言葉を覚えている人」と挙手をさせて、暗記しているかどうか確認された次の「高森先生のお言葉」です。

●クズを集めて

クズの時間と
クズの体力と
クズのお金で
未来永劫の一大事を
解決しようとしている横着者


(記憶で書いているので、時間・体力・お金の順番が違うかもしれません)

そして、「このお言葉をもとに、地に足のついた求道をするように」との話がなされました。


現役会員の皆さんは、このような高森先生のお言葉を聞くと、

・自分は、世間事には時間や体力、お金を多く費やしているが、未来永劫の一大事(後生の一大事)を解決を教えられた仏法には全然時間も体力もお金も使っていない。こんな求道ではダメだ。
・未来永劫の一大事(後生の一大事)を解決するために、もっともっと時間、体力、お金を使わなければならない。そうしたら、信仰が進むだろう。

などと思うことだと思います。


「自分のやった善は往生(後生の一大事の解決)の資助にはならない」と親鸞会でも説かれていますが、現役の会員さんに「親鸞会で推進されている活動に励むのは何のためですか?」と尋ねたら、ほとんどの人は「後生の一大事の解決(信心決定)のため」と答えると思います。つまり、親鸞会での活動に、時間・体力・お金を使えば、「後生の一大事の解決(信心決定)に近づく」、「後生の一大事の解決にはしないよりはした方がよい」、「後生の一大事の解決に対して少なくともマイナスにはならない」というように思い込まされている訳です。

ところが、そのような「自分が○○したから救いに近づく」とか「自分は○○していないから救いから遠い」という思いは、阿弥陀仏の第18願の救いを善悪因果の道理に基づいて計らっている姿です。それを親鸞聖人は「信罪福心」と言われました。『化身土文類』には、

定散の専心とは、罪福を信ずる心をもつて本願力を願求す、これを自力の専心と名づくるなり。

(現代語訳)
定善の専心・散善の専心とは、罪を恐れ自分の善をあてにする心で本願力を願い求めるのであり、これを自力の専心というのである。

と説かれています。「信罪福心」は、自力心の異名です。ですから、当然、誡められているのです。

その信罪福心を煽っているのが、上の「クズを集めて」という言葉であり、親鸞会で使われている「これだけとはどれだけか」などという言葉です。


そして、「自分が○○した」とか、「自分は○○しなかった」という私の行為の善し悪し(親鸞会の人が使う言葉でいうと、私の「たねまき」)は、阿弥陀仏の第18願の救いには全く関係ありません。『信文類』には、

おほよそ大信海を案ずれば、貴賤緇素を簡ばず、男女・老少をいはず、造罪の多少を問はず、修行の久近を論ぜず。

(現代語訳)『聖典セミナー 教行信証[信の巻]』(梯實圓著・本願寺出版)259頁
おおよそこの海のように広大な徳を持っている偉大な信心について味わってみると、身分の違いや出家在家の違いを分け隔てせず、男女とか老少を区別せず、犯した罪の多少を問題にせず、修行期間の長短を問題にせずに救いをもたらします。

会費の燈、財施の額、顕正活動にどれくらい参加したか、聴聞会場に足を運んだ回数など、これらは一切、阿弥陀仏の本願の救いには関係ないということです。

「クズを集めて」という言葉などは、救い(後生の一大事の解決)とは全く関係のないこと(私がどれだけの時間、体力、お金を使ったか)を、あたかも関係あるかのように錯覚させる意味でも悪質な言葉であると言わざるを得ません。


結局、信罪福心を煽られ、本願の救いとは無関係な活動を関係あるかの如くに勧められ、それに励ませられているのが親鸞会会員です。


そもそも、阿弥陀仏の本願の救いに対して、進むとか進まないとか、遠いとか近づくとかはありません。そんなことを思っているのは、救いを未来のことととらえているすがたです。会員の皆様がそのように理解させられているのは、「クズを集めて」のような言葉を作る説く者に責任があるのです。

今晩聞いて今晩助かるご法義、「平生業成」のご法義が、親鸞聖人の教えなのだということを、現役会員の皆様にはよく知って頂きたいと念じております。
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