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「雑行に五雑行といわれるものと諸善万行とがある」という言い方を考える

先日、ある人と会ったとき、親鸞会で雑行についての説明がなされるときの言い回し

雑行に、五雑行といわれるものと諸善万行とがある

が話題になりました。この言い回しについて、親鸞会に在籍中は疑問に思うことはありませんでした。しかし、退会後、『化身土文類』や『選択本願念仏集』を拝読し、上の言い方は誤りであることが分かりました。

親鸞会が五雑行のあることを教えられている親鸞聖人のお言葉として提示する根拠(教学聖典(9)問31の答え)は、『化身土文類』の、

五種の正行に対して、五種の雑行有り。「雑」の言は、人天・菩薩等の解行雑るが故に「雑」と曰えり。本より往生の因種に非ず。

です。この前後のお言葉については、以前に、
会員の皆様は「雑行」について根拠に基づいた話を聞いていますか?
「雑行」についてもう少し書いてみました
で書いたので、まだ読んでいない方は参照して下さい。

この『化身土文類』の「五種の正行に対して、五種の雑行有り」とあるお言葉は、『選択本願念仏集』の以下の部分を承けたものです。

次に雑行は、すなはち文(同)に、「この正助二行を除きてのほかの自余の諸善をことごとく雑行と名づく」といふこれなり。意はいはく、雑行無量なり、つぶさに述ぶるに遑あらず。ただしばらく五種の正行に翻対してもつて五種の雑行を明かすべし。一には読誦雑行、二には観察雑行、三には礼拝雑行、四には称名雑行、五には讃歎供養雑行なり。
第一に読誦雑行といふは、上の『観経』等の往生浄土の経を除きてのほかの大小乗顕密の諸経において受持し読誦するをことごとく読誦雑行と名づく。
第二に観察雑行といふは、上の極楽の依正を除きてのほかの大小、顕密、事理の観行をみなことごとく観察雑行と名づく。
第三に礼拝雑行といふは、上の弥陀を礼拝するを除きてのほかの一切の諸余の仏・菩薩等およびもろもろの世天等において礼拝恭敬するをことごとく礼拝雑行と名づく。
第四に称名雑行といふは、上の弥陀の名号を称するを除きてのほかの自余の一切の仏・菩薩等およびもろもろの世天等の名号を称するをことごとく称名雑行と名づく。
第五に讃歎供養雑行といふは、上の弥陀仏を除きてのほかの一切の諸余の仏・菩薩等およびもろもろの世天等において讃歎供養するをことごとく讃歎供養雑行と名づく。
このほかまた布施・持戒等の無量の行あり。みな雑行の言に摂尽すべし。


(現代語訳)
次に雑行というのは、すなわち文に「この正助の二行を除いて、ほかのいろいろな善根は、ことごとく雑行と名づける」といわれたのがこれである。その意味をいえば、雑行は無数であって、つぶさに述べることはできないが、ただ、今はしばらく五種の正行に対して、もって五種の雑行を示そう。一つには読誦雑行、二つには観察雑行、三つには礼拝雑行、四つには称名雑行、五つには讃嘆供養雑行である。
第一に読誦雑行というのは、上の《観経》などの往生浄土の経 (浄土の三部経) を除いて、他の大乗.小乗、顕教.密教のいろいろな経を受け持たもって読誦するのを、悉く読誦雑行と名づける。
第二に観察雑行というのは、上の極楽の依報.正報を除いて、他の大乗.小乗、顕教.密教における仏の相好などを観ずる行や、直ちに真如の理を観ずる行などを、みな悉く観察雑行と名づける。
第三に礼拝雑行というのは、上の阿弥陀仏を礼拝することを除いて、他のすべての仏.菩薩など、および諸の世天など (梵天.帝釈天.四天王など) を礼拝し敬うのを、悉く礼拝雑行と名づける。
第四に称名雑行というのは、上の阿弥陀仏の名号を称えることを除いて、他のすべての仏.菩薩など、および諸の世天などの名号を称えるのを、悉く称名雑行と名づける。
第五に讃嘆供養雑行というのは、上の阿弥陀仏を除いて、他のすべての仏.菩薩など、および諸の世天などを讃嘆し供養するのを、悉く讃嘆供養雑行と名づける。
このほか、また布施や持戒など数多くの行があるが、みな雑行の言に摂め尽くすことができる。


このお言葉の流れは、
「正業と助業の五正行以外の善(諸善万行)をことごとく雑行と名づける」
「雑行は無数である」
「詳細に述べることができないので、今は五種の正行に対して五種の雑行を示そう」
となっています。

つまり、高森会長が言うように「雑行に、五雑行といわれるものと諸善万行とがある」のではありません。無数ある雑行(諸善万行)の中の例として五種の雑行が教えられていることが分かります。


次に親鸞会で教えられている「五雑行」の意味も間違っているので、それについて書きます。
まず、上で引用した記事では、根拠を挙げながら「雑行」について以下のことを書きました。

・「雑行」とは、浄土門で教えられる「往生の行」である
・行体は、五正行以外の諸善万行である
・もともと阿弥陀仏の浄土に往生する行ではない諸善万行は、浄土を願う心をおこして、行の目的を転換させなければ「往生の行」にならない
・浄土を願う心をおこして、「往生の行」に転換させた諸善万行を「雑行」といわれている
・「雑行」は化土の業因である


これを踏まえると、親鸞会の「五雑行」の説明が不十分であることが分かります。教学聖典(5)問38の答え、

(1)読誦雑行  (後生の一大事を助かろうとして、浄土三部経以外のお経を読む行為)
(2)観察雑行  (後生の一大事を助かろうとして、阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神をを思い浮かべる行為)
(3)礼拝雑行  (後生の一大事を助かろうとして、阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を礼拝する行為)
(4)称名雑行  (後生の一大事を助かろうとして、阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神の名を称える行為)
(5)讃嘆供養雑行(後生の一大事を助かろうとして、阿弥陀如来以外の仏や菩薩や神を誉めたり、供養したりする行為)


の中に、5回出てくる「後生の一大事を助かろうとして」の部分が説明が不十分です。なぜならば、親鸞会のほとんどの人は、「後生の一大事を助かろうとして」を「死後、無間地獄に堕ちないように」と理解しているからです。「無間地獄に堕ちないこと」と「阿弥陀仏の浄土に往生すること」はイコールではありません。
本来ならば、「阿弥陀仏の浄土に往生しようとして」と書くべきです。


これで、「雑行」について3回書きました。最後に、もう一度『化身土文類』のお言葉を拝読しましょう。

安養浄刹にして入聖証果するを浄土門と名づく、易行道といへり。この門のなかについて、横出・横超、仮・真、漸・頓、助正・雑行、雑修・専修あるなり。
正とは五種の正行なり。助とは名号を除きて以外の五種これなり。雑行とは、正助を除きて以外をことごとく雑行と名づく。これすなはち横出・漸教、定散・三福、三輩・九品、自力仮門なり。
横超とは、本願を憶念して自力の心を離る、これを横超他力と名づくるなり。これすなはち専のなかの専、頓のなかの頓、真のなかの真、乗のなかの一乗なり。これすなはち真宗なり。すでに真実行のなかに顕しをはんぬ。
それ雑行・雑修、その言一つにして、その意これ異なり。雑の言において万行を摂入す。五正行に対して五種の雑行あり。雑の言は、人・天・菩薩等の解行、雑せるがゆゑに雑といへり。もとより往生の因種にあらず、回心回向の善なり。ゆゑに浄土の雑行といふなり。


(現代語訳)
浄土に往生してさとりを開くのを浄土門といい、易行道という。この浄土門の中に、横出と横超、方便と真実、漸教と頓教、そして助正と雑行、雑修と専修がある。
正とは、読誦.観察.礼拝.称名.讃嘆供養の五正行である。助とは、称名以外の読誦.観察.礼拝.讃嘆.供養の五種である。雑行とは、正.助の行以外をすべて雑行というのである。これは、浄土門の中の自力である横出の教えで、長い時を費やす漸教であって、定善.散善や世福.戒福.行福の善を修め、三輩.九品のそれぞれの資質に応じて行を修める自力方便の教えである。
横超とは、阿弥陀仏の本願を信じて自力の心を離れることであり、これを横超他力という。これは、専修の中の専修であり、頓教の中の頓教であり、真実の中の真実であり、一乗の中の真の一乗である。これが真宗である。このことは、「行文類」においてすでに明らかにした。
さて、雑行と雑修とは同じような言葉であるが、意味は違っている。雑という言葉には、すべての行をおさめてしまうのである。五種の正行に対しては、五種の雑行がある。この雑という言葉は、人間や神々に生れる行や菩薩の行などがさまざまにまじっているという意味で雑というのである。これはもとより阿弥陀仏の浄土に往生する因ではなく、浄土を願う心をおこし、これらの行を浄土往生のための善としなければならないから、浄土往生の行としては雑行というのである。



高森会長は一見すると根拠を挙げて話をしているように見えますが、その中に根拠を挙げずに話している内容が雑じっているのです。現役会員の皆様は、はやくそのようなところに気が付いて下さい。
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

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