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名号形像同一本尊ということを教えられた蓮如上人の帖外御文 (2)

名号形像同一本尊ということを教えられた蓮如上人の帖外御文 (1)の続きです。

『わかりやすい名言名句 蓮如上人のことば』稲城選恵著(法蔵館)134-136頁から引用。

 この「御文章」は文明十三年十一月十四日と後に明記されているから、六十七歳のものといわれる。この御文の内容は『安心決定鈔』をうけていることは明らかである。が『安心決定鈔』と『歎異鈔』は蓮師によって明らかにされたものである。双方ともに著者不明のものであるが、現在の学者の多くは『安心決定鈔』は西山義の系統のものといわれる。特に本山義の康空示導の作ともいわれる。蓮師は、『安心決定鈔』を生涯の愛読書とされていたようである。この用語も、元来西山義のものであるが、蓮師はこの用語を用いて、西山義と浄土真宗の立場の相違を明らかにされているのである。西山義では南無の機と阿弥陀仏の法が一つになり合うと、宗教の原語religionと同じ意味に解釈するが、蓮師の釈は南無即阿弥陀仏という不二一体なることを明らかにし、一而二なる面は機法の相違によるものとする。本来一体なることを明かし、以て他力の信なることを明らかにされているのである。この『安心決定鈔』をうけ、名号と形像は別なものでないことを示されている。最近のある主張者のごとく、名号本尊に限定することでなく、形像も名号も一つなることを示しているのがこの「御文」である。したがって浄土真宗の本尊は形像にしても名号にしても南無阿弥陀仏をあらわしたものである。形像本尊は、南無阿弥陀仏を形像によって表象されたものといわれる。『安心決定鈔』本にも、

たとひ凡夫の往生成じたまひたりともその願成就したまへる御名をきかずは、いかでかその願成ぜりとしるべき。かるがゆゑに名号をききても形像を拝しても、わが往生を成じたまへる御名ときき、「われらをわたさずは仏に成らじと誓ひたまひし法蔵の誓願むなしからずして、正覚成じたまへる御すがたよ」とおもはざらんは、きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし。(註釈版聖典より引用)

とあり、名号を聞くも形像を礼することも全く一つなることを明らかにされている。特に蓮師の、帖外六十二通の文明十五年八月二十八日の御文には「而して後阿弥陀堂の仏壇いまだこれをつくらせざる間、同じくこれを企てつくりければ、いくばくもなくして出来せり。則ちまづ本尊を六月十五日にはすえたてまつりけり」とあり、山科本願寺は木像の形像本尊となっていることが明らかである。さらに『拾遺聞書』によると、

蓮如上人は折節その道場に御座て、木像の本尊をめしたりし御衣をぬがせたまひ裏ませたまひて(真聖全、拾遺部下、六一二頁)

とあり、明らかに木像の御本尊を用いられている。しかるに『御一代記聞書』六十九条に、

他流には、名号よりは絵像、絵像よりは木像といふなり。当流には、木像よりは絵像、絵像よりは名号といふなり。

とあり、この文によって名号本尊に固執するものも存するようであるが、この場合、他流といっているのは法然門下の異流をいうのである。蓮師の場合には、他宗と他流とは明らかにその意味を異にするのである。すなわち、西山義や鎮西義をいうのである。他流では本尊はすべて来迎仏である。来迎の相を示すには、木像が最も至便であるからである。
 これに対し浄土真宗は、臨終来迎でなく、平生業成の立場である。この平生業成の義を明らかにせんがために、すでに覚如上人の『改邪鈔』、存覚上人の『弁述名体鈔』にあるごとく、親鸞聖人は「帰命尽十方無碍光如来」の十字の尊号を用いられたといわれる。いつでもどこでもだれにでも、六字の法は既にとどけられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうるのである。蓮師はしばしば一念発起入正定之聚とか一念発起平生業成といわれている。聞かせていただく今ここの外に、救いの法のはたらいている場はあり得ない。このまま尽十方無碍光如来の頭には「化身土巻」でも「末灯鈔」でも本願成就とある。本願成就即名号六字の法であるが、それは自らが求めるに先行して、すでに与えられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうる平生業成の義が成立するのである。いまここに存在する、この私の存在する場がたすかる場所であり、その証拠が仏壇の内容といわれる。ここに浄土真宗の本義が御本尊の上に明らかにされていることが知られるのである。それゆえ、形像本尊は御姿で示した名号というべきで、全く一つなるものといわれるのである。



山科本願寺の御本尊は木像本尊であったこと、以前の記事でも書いた蓮如上人が「方便法身尊形」の絵像や「方便法身尊像」の木像を御下附されていたことから、親鸞会の「蓮如上人は名号しか御本尊として礼拝しておられない」という主張は訂正されるべきでしょう。

また、『御一代記聞書』のお言葉についてですが、他流の木像本尊は来迎仏である一方、真宗の木像本尊は住立空中尊であり、第十八願成就の救主である尽十方無碍光如来の徳義をお姿で示したものといわれています。なお、上の文中で『尽十方無碍光如来の頭には「化身土巻」でも「末灯鈔」でも本願成就とある』と書かれているのは、

「諦観彼国浄業成者」といへり、本願成就の尽十方無碍光如来を観知すべしとなり。(化身土文類)

第十八の本願成就のゆゑに阿弥陀如来とならせたまひて、不可思議の利益きはまりましまさぬ御かたちを、天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらはしたまへり。(末灯鈔)


と教えられているお言葉についていわれたものです。『御文章』には、

それ、五劫思惟の本願といふも、兆載永劫の修行といふも、ただわれら一切衆生をあながちにたすけたまはんがための方便に、阿弥陀如来、御身労ありて、南無阿弥陀仏といふ本願(第十八願)をたてましまして、「まよひの衆生の一念に阿弥陀仏をたのみまゐらせて、もろもろの雑行をすてて、一向一心に弥陀をたのまん衆生をたすけずんば、われ正覚取らじ」と誓ひたまひて、南無阿弥陀仏と成りまします。これすなはちわれらがやすく極楽に往生すべきいはれなりとしるべし。(5帖目8通)

阿弥陀仏の、むかし法蔵比丘たりしとき、「衆生仏に成らずはわれも正覚ならじ」と誓ひましますとき、その正覚すでに成じたまひしすがたこそ、いまの南無阿弥陀仏なりとこころうべし。これすなはちわれらが往生の定まりたる証拠なり。(4帖目8通)


と、阿弥陀仏の正覚すでに成じたまひしすがたが、いまの南無阿弥陀仏であり、われらが往生の定まりたる証拠と教えられています。「いまの南無阿弥陀仏」とあるように、名号法がはたらいている場は、いま、ここにいる私の上です。その名号法の活動相を示されたものが、「帰命尽十方無碍光如来」の十字の尊号や「南無不可思議光如来」の九字名号・「南無阿弥陀仏」の六字名号であり、形像の上では住立空中尊です。形像本尊は御姿で示した名号というべきものなのです。

ところで、正御本尊の前で「信仰が進むだろう」、「宿善があつくなるだろう」と思って勤行しているのは、名号を彼方に置いてそこに自分が向かっていくすがたであり、それは他力回向に反しているすがたです。もしそうならば、残念なことに、『安心決定鈔』に「きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし」と教えられている状態になってしまっているのです。

親鸞聖人は晩年、「帰命尽十方無碍光如来」の十字名号を依用されました。本願は成就し、どこでもはたらいているのが名号法であることをあらわさんがためでありましょう。「どこでも」とは、いま、ここにいる私の上です。自らが求めるに先行して、すでに与えられているのが南無阿弥陀仏です。その「まかせよ(南無)必ず助ける(阿弥陀仏)」の仰せを計らいなく聞き受けるのが信心です。

「本願成就即名号六字の法であるが、それは自らが求めるに先行して、すでに与えられているのである。それゆえ、聞信の一念に即得往生の益をうる平生業成の義が成立するのである。いまここに存在する、この私の存在する場がたすかる場所であり、その証拠が仏壇の内容といわれる。ここに浄土真宗の本義が御本尊の上に明らかにされていることが知られるのである」とは上の稲城和上の言葉ですが、本尊の形式だけにとらわれて、本尊の意味するところが失われてしまっている状態ではいけません。


(補足)

引用文の前半部に、機法一体について書かれていますが、これについては『21世紀の浄土真宗を考える会』の機法一体についての記事をご参考下さい。

(参考記事)
本尊論でも相手の批判を無視し続ける親鸞会
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名号は 如来の御名と 思ひしに わが往生の すがたなりけり
(蓮如上人)

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